第263話 シスターは、善意の裏で金儲けを目論む

「突然だけど、アリアさん。結婚式挙げてくれないかしら?」


「はい?」


 イザベラの発言に意味が分からず、アリアは声を零した。何しろ、彼女は今、その結婚式の招待状をイザベラに渡したところなのだ。


「あの……結婚式をやるからその招待状を渡したんだけど?」


 もしかして、若いのにボケちゃったのかと心配しながら、アリアは訊ねた。そう言えば、本来ボンが担うべき町長としての仕事を実質彼女が仕切っていたなと思い出して。


 すると、イザベラは、自身の発言が言葉足らずだったことに気がついて補足する。


「ああ、ごめんなさい。わたしが言ってるのは、こっちでも結婚式をしてくれないのかなっていうこと。みんな祝いたいのよ。あなたたちにはずっとお世話になりっぱなしだから」


 ハルシオンで執り行われる結婚式に、このオランジバーク、ひいては北部同盟、ポトスから出席する者は限りなく少ない。北部同盟の特使として派遣されるボンとイザベラ夫妻とハルシオン王家の御用商人でもあるポトスのフランシスコくらいのものだ。


 ゆえに、イザベラはこのオランジバークでも、結婚式を行わないかと提案したのだ。


「それに、レオナルドさんの養母であるマチルダ夫人も出席を見合わせるんでしょ?」


「ええ。今、ベルナール叔父様のところのヴァレリーとエミリアも預かってもらっているからね……」


「そうか……あの二人はハルシオンでは死んだことになっているから連れていけないんだったわね……」


 現在、ベルナールはジャラール族のラウスの所に行っている。どこで調べたのかはわからないが、どうやら彼が小麦の研究者であることを知り、意見を聞きたいと村に招待したのだ。そして、彼が不在の間は夫人が二人の幼子の面倒を見ている。


「帰ってくるのは早くても2週間後だから、間に合わないからね……」


 これも急遽結婚式が決まった弊害だった。幼い二人を預かっている以上、責任があるからとマチルダ夫人には欠席を告げられたのだ。


(まさか、二人を置き去りにして出席してくれとは言えないし……)


 アリアは後ろ髪を引かれつつも、こうして夫人の判断を受け入れているのだが……


「でも、本心では結婚式に出席して欲しいんでしょ?」


「当たり前よ。お義母さまにはいろいろお世話になったんだから、是非出席してもらいたいわ!」


「だったら、ベルナールさんが帰って来てから、改めてこっちでも結婚式をあげない?きっと、みんなも喜ぶわ!」


 イザベラは熱心にアリアの心を揺さぶるように提案した。


「まあ……こっちなら、お義母さまが作ってくれた婚礼衣装も、ポトスで買ったドレスも自由に着れるわね……」


 内心では、ハルシオンの押し付け結婚式には、注文が多くてウンザリしていたアリア。イザベラの誘いに心が揺れた。


「でしょ!あちらみたいに、仕来りだのどうのこうのと、堅っ苦しい事はないし、どうかしら?あなたたちの本当の結婚式を挙げるつもりで、考えてみない?」





「それにしても、イザベラさん。アリアさんをダシに金儲けとは阿漕ですね……」


「何言ってんのよ。みんなが喜ぶのは本当でしょ?まあ、それ以上に私が喜ぶんだけどね」


 アリアが帰った後、首尾を確認しに来たアンジェラにイザベラはそう言い放った。結婚式は北部同盟の国家行事とすることをすでに根回し済みであり、即ちその費用は同盟政府の財布から支払われるのだ。そして、その支払い先は……式が執り行われるこの教会だ。


「それで、アリアさんは『うん』と言ったんですか?」


 ただ、イザベラの描いた餅は、アリアが承諾しないと金には化けない。呆れたようにしながらも、アンジェラは訊ねた。


「レオナルドさんと相談するって言ってたけど……たぶん、承知してくれるわ」


 なぜなら、ハルシオンの結婚式は、アリアが主役であってレオナルドは付け足し。そのことに、目立ちたがり屋の彼が不満を感じていないはずはない。イザベラは彼に相談するのなら、間違いなく承諾する流れになると読んでいた。


「まあ……そうなるといいですね」


 しかし、どうやら目の前にいるアンジェラには響かなかったらしく、彼女は疑うように言った。但し、もし実現した時に備えて、各部族、ポトスの商会関係者に対して発送する招待状の準備は進めると約束はする。


「それにしても、アリアさんも大変ですね。明日は、ご先祖様のお墓に参って結婚を報告するんですって?」


「そうなのよね。しかも、移動中も馬車の中から笑顔で手を振らないといけないらしいし……お姫さまって言うのも大変ね」


「「お気の毒に」」


 アンジェラとイザベラは、互いに平民であるということを幸せに感じながら、他人事のように雑談を交わした。


「それにしても……結婚式まであと7日しかない状況で招待状って、普通あり得ないでしょ」


 今日は3月13日。式は20日だからもうすぐだった。イザベラは招待状を見つめて、呆れるように言った。


「そういえば、服とかどうするんですか?」


「衣装はあちらで用意してくれるって……。まあ、こっちで使っている正装では、何かと不都合があるからね……」


 何しろ、大国ハルシオンの王太子の結婚式なのだ。出席する側も高い品格を求められる。アリアからは、ボンには伯爵相当の貴族の礼服、イザベラにはその夫人に相応しいドレスと宝飾品を準備すると聞いている。どちらも、1セット100万Gは下らないという。


「でも、大丈夫なんですか?そんな場所にボンさんを連れてって。まかり間違って、貴族の令嬢にセクハラなんてした日には……」


 アンジェラは心の底から心配してそう言った。すると、イザベラは急に青ざめた。


「どうしたんですか?」


「いや……その可能性を失念してたわ……」


 もし、そのようなことになれば、ボンは元より自分までただでは済まないだろう。そのことに思い至り、イザベラは縋るような目を向けて言った。


「アンジェラ。お願い、代わりに行って……」


「む、無理ですよ!そんな雲の上の方々の中に混じれるほど、度胸なんてないですよ!」


 やはり、ボンのセクハラの可能性は皆無とは言えないようだ。もちろん、だからと言って引き受けなければならない理由はどこにもない。アンジェラは全力で断るのだった。

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