第264話 女商人は、森の中で襲撃される
「……ねえ、あとどれくらいこれをしないといけないのかしら?」
沿道で手を振り、「王太子殿下、万歳!」と歓呼の声を上げる民衆たちにニコニコ笑顔で手を振りながら、アリアは隣に座るアイシャ王女に話しかける。
「そうですね……もうすぐこの村を抜けますから、あと5分程度かと……」
こちらも笑顔を崩さずに、窓越しに手を振りながらそう答える。そのたびに、外からは「おお、なんと美しい王女様!」とか、「我らが美の女神よ」とか称賛の声が上がり、「あれ?自分に対する反応とは違うのでは」と、苦々しく思うアリア。確かに、アイシャは自分よりも若く可憐ではあるが……。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでも……」
しかし、アリアはそのことを口には決して出さない。だから、それ以上何も言わずに再び窓の外に向かってニコニコ笑顔で手を振り続ける。そして、馬車はようやく村を通過して、その先にあるヘボンの森へと入っていった。
「薄気味悪い所ね……」
さっきまでのプリンセス・スマイルを崩して、いつもの表情でアリアは呟いた。民衆の歓呼に応えるのもいい加減碧碧していたが、だからといってこっちの方がいいとは冗談でも言えない程、周囲は薄暗く静かで……不気味だった。
「歴代国王の墓陵は、この森を抜けた先にあります。時間にすれば、あと15分ほどで着くので、少しの辛抱ですよ」
そんな不安そうにしているアリアをくすくすと笑いながら、アイシャは言った。勇者のアレを潰した豪傑なのに、可愛い所もあるのだなと思って。しかし……
「あのね、わたしが不安に思っているのは、オバケが出るとかじゃないのよ。こういうところは大抵、襲撃するのに向いているから……」
「襲撃?」
その言葉に首を傾げたアイシャ。すると、そのとき馬車の前方と後方から喚声が上がった。
「な、なに?」
アイシャは驚き、戸惑った。しかし、一方のアリアは「やはり来たか」と機敏に動く。脇に置いてあった魔法カバンから剣を取り出して、馬車の外に出ようとした。
「アリアさん!外は……」
危険だと思ってアイシャは止めようとしたが……
「状況が分からないからちょっと見てくるだけよ。危ないから、アイシャちゃんはここにいて!」
アリアは勇ましくもそう言って、幾人かの兵と共に前方へと駆けて行った。
(いやいや、あなたが一番守られなければならない人でしょ!)
それなのに、どうして先頭に立って戦おうとするのか。アイシャは、そんな無鉄砲で血の気が多い従姉にため息をつきながら、後を追おうと仕方なく馬車の外に出た。しかし、そのとき……
「え?」
森の茂みから十数人もの武器を持った男たちがこちらに向かってきているのが見えた。
「王女殿下を守れ!」
異変に気付いた周りの近衛兵たちが声を上げて剣を構えているが、前後の襲撃に人が割かれていたことと、アリアに少なくない兵士がついていったため、この場に残っている数が少なく対応しきれていない。
(ど、どうしよう!)
生まれながらのお姫様で、もちろん、こんな経験などしたことがないアイシャは、当たり前だが戸惑い、狼狽えた。そうしている間にも味方は排除された。そして、気がつけば、目の前には毛もくじゃらな大男が抜身の大剣を肩に載せて立っていた。
「王女だな。悪いが、旅の行き先は変更だ!」
「きゃあ!」
その大男は、ただそれだけ、短く言い捨てるなり、アイシャを軽々しく担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ!離してよ!」
大男の肩に載せられて、落ちないようにとお尻を触られていることに気づいたアイシャは、顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。しかし、暴れても大男の力は強く、逃げ出すことはできなかった。
「アイシャちゃん!?」
そのとき、アリアが声を上げて兵たちと共にこちらに駆けつけようとしている姿が見えた。
「アリアさん!助けて!!」
アイシャは力の限り叫んだ。すると、大男は困惑するように言った。
「え?おまえ、アリア王女じゃないの?」
「違うわよ!アリア王女はあっち!どう見ても、わたしの方がかわいいし、それに若いでしょ!胸だってわたしの方が大きいし!」
「む?……た、確かにそうだ!」
大男は、目の前で剣を抜いて兵たちを指揮する女と見比べて、自らの失敗に気がついた。
「悪かったわね!かわいくない貧乳年増で!!」
アリアは積もり積もった怒りを爆発させて叫んだ。そして、助けるのをやめようかとアイシャに提案する。「あなたは可愛し、胸の脂肪も多くついているし、まだ若いからその人の子をたくさん産みなさい」と言って。
「ご、ごめんなさい。もう言いませんから、助けて!とっても美しいお姉さま!!」
このまま連れ去られれば、何をされるのかわからないのだ。当然、その中にはエッチなことも含まれるだろう。
「いやよ……こんな毛もくじゃらな人となんか……」
初めてのアレは、愛する人と海の見える夜景の綺麗な場所でと決めているアイシャ。このままでは、それが汚くて臭い掘っ立て小屋で……となるだろう。そのことに気づいて、背に腹は代えられず、なりふり構わず、機嫌を損ねてしまった従姉姫に救いを求めたのだった。
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