第261話 魔族の手先は、拉致の準備に取り掛かる

「これは、ゴメス将軍。ようこそお越しくださいました」


 ハルシオン王国とオルセイヤ王国の国境に跨る森の中。新教の指導者に扮した魔族のガンタダがゴメス将軍を恭しく出迎えていた。彼は魔王自らが考案した『魔族だってこの星の仲間だよ作戦』の指揮官であり、ガンタダの上官に当たる。


 但し、彼は生粋の武人であり、本来であればこのような作戦に関わることは不向きである。


(前も思ったけど……何でこの人が責任者なんだろうか?)


 実際には、魔王が別に任命した優秀な官僚たちが企画・実行の指揮を執っているという話はガンタダの耳にも入っている。今日も表向きは視察ということだが、その実態はやることがないから、それらしいことをしているだけに過ぎない。


 ゆえに、本来であれば、こうして視察に来られるということは迷惑な話なのだが、今日に限っては、ガンタダは心の底から訪問を歓迎した。作戦を成功させるには、彼の武力が必要不可欠だからだ。





「なるほど……確かにこれはグラフィーラ夫人の筆跡だな。陛下と人族の姫を娶わせることで、和平のきっかけを掴みたいか……なるほど、それは有効な手段かもしれないな」


 本部としている小屋に入るなり、ガンタダから手渡された手紙に目を通したゴメス将軍が、くいッと眼鏡を上げてそう言った。その姿からは、とても賢い智将というイメージを醸し出しているが……


(いや……どこが有効な手段なのさ……?)


 その言葉に、心の中では突っ込みを入れているガンタダ。王女を攫えば、普通は戦争一直線と思わないのかと、智将を気取るこの脳筋将軍にため息が出そうになる。


 ただ、それを表に出せば、短気なゴメスの事。首と胴は永遠に泣き別れすることになるだろう。ガンタダは、「本当に大丈夫か?」と心の片隅に残っていた不安を増幅させながらも、作戦の概要について説明を始めた。


「王宮に潜らせた信者からの知らせでは、アリア王女の墓陵参詣は14日に行われるそうです。随行は、近衛軍第3連隊。先のベルナールの乱で隊長が不覚を取ったということで、その不名誉を取り返させたいとの配慮らしいですが……」


 まさか魔族が襲撃するとは思っていないのだろう。アリアがかけた温情的配慮が命取りになる。


「それと、襲撃に際しては人族の姿に変身を」


「人族の姿だと?それは一体……」


「あくまで新教信者による犯行だと思わせます。そうすることで、ハルシオン側の捜査を混乱させます」


 今、この国では徐々にだが新教の信者が増えている。ゆえに、その者らの仕業だと疑わせることで、時間を稼ぐことができるだろう。


「些か、消極すぎやしないか?」


 ゴメスはそう言ってガンタダの作戦に異を唱えた。そして、脳筋らしく、邪魔をする奴らは皆殺しにすればいいじゃないかと豪語する。叶うことなら、冷血夫人を討ち取ったというレオナルドと戦いたいとも。


 しかし、ガンタダは首をタテには振らなかった。


「今回の目的は、あくまでアリア王女を傷つけることなく魔国に連れ去ることです。もし、戦闘の過程で王女が命を落とす、あるいは一生消えない傷が残るといった事態になったらどうします?」


「むむ……それは、確かにまずいな……。殺してもダメだが、傷物を陛下に捧げるわけにはいかん……」


 何しろ、アリア王女は魔王の妃になられる方なのだ。もし、そのような事態になれば、例え戦闘で勝ったとしても、魔国に戻ったら処断されることになるだろう。それは、魔王軍12将たるゴメスといえども例外ではない。


「つまり、魔王陛下のためにも、慎重に事を運ばなければならないのです。そして、叶うならレオナルドとかいう婚約者が現れるまでに、現場から立ち去ることができれば……」


 混乱の中で、王女の捜査は進まなくなるだろう。その間に、自分たちはこのオルセイヤ王国から魔国へ帰還する。ガンタダはそう説明した。「くれぐれも、レオナルドと戦ってはダメですよ」と念を押しながら。


(ただ……陛下から褒美を貰うか、それとも怒りを買うのか。確率で言えば、後者の方が高いような気がするんだよな……)


 説明に納得したのか、それとも途中で考えることを放棄したのか。早速、お付きの者たちと共に変身の練習をしているゴメスを見て、ガンタダは出そうになるため息を堪えながら一人考え込んだ。


 やはり、可能であれば、本国にいる従兄の伝で、魔王の側近あたりに真意を確認したい。しかし、決行日である14日まではあと3日しかなく、転移魔法でもない限り、時間的に不可能だった。


「……仕方ない」


「ん?何か言ったか?」


「いえ、なんでもありません」


 つい零してしまった言葉に、ガンタダは慌ててごまかした。すでに賽は振られたのだ。この上は突き進むしかないだろうともう一度覚悟を決める。例え、その先に未来が見えなくても……。

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