第260話 女商人は、結婚式の準備に取り掛かる

「それじゃあ、教皇猊下のご臨席を仰ぐことが可能になったのね?」


「はい。流石に今回の一件は軽視できないと、外遊を中断して戻られるというお話がありました。それで、式の日取りですが、3月20日で如何かと……」


 この部屋の上座に座る国王夫妻に、ハラボーがテレジオ枢機卿とまとめた話を報告した。マグナレーナは「それはよかったわ」とニコニコしているが、一方のフランツの方は……苦虫を潰したような顔をしていた。


「アリア……」


「大丈夫よ、レオ。正教会が気に食わないからと言って、結婚式を取りやめたりしないわ」


 一方で、ハラボーの正面に座るアリアは、「取り止めにしたい」というのではないかと、隣で心配そうにしているレオナルドに小声で告げた。気に食わないのは事実だが、だからといって王太子としての立場もあるのだ。感情に任せて軽はずみなことはできないと。


 しかし、その声はフランツの耳にも届いたようで……


「なあ、アリア。無理をせんでもいいんだぞ?本当は気に食わないんだろ。だったら、結婚式止めないか?」


 往生際が悪いとはこのことだろう。フランツは最後の抵抗を試みて、アリアにむしろ感情の赴くままに決断することを勧めた。


「何を馬鹿なことを言ってるのよ!孫を父親がいない子にする気!?」


 バシ!


 マグナレーナの一撃が、フランツの後頭部にヒットした。


「い、痛いぞ!何をするんだ!?」


「何をするんだ、じゃないでしょうが!ホント、往生際が悪いったらありゃしない。何で娘の門出を祝福しようとしないのよ!」


「だって……その男、愛人がいるんだぞ。一緒になっても不幸に……」


「愛人がいたのはあんたも一緒でしょうが!しかも、子供まで作って。それなのに……どの口が言ってるのかしらね!」


「いてててて!!!!わかった!わかったから、離してくれ!!」


 マグナレーナに頬を思いっきり抓られたフランツは、悲鳴を上げて許しを請うた。その光景に、アリアは笑い、レオナルドは我が身を振り返って小さくなる。


「と・に・か・く!結婚式は、3月20日で決定よ。みんないいわね?」


 最後にマグナレーナはそう言って締め括った。フランツは元より、この場にいたアリア、レオナルド、エレノア、ユーグも異論はなかった。


「それじゃあ、ハラボー伯爵。結婚式までの段取りを説明してくれるかしら?」


 主導権を完全に握ったマグナレーナは、ハラボーにそう促した。彼は短く「承知しました」と言って、懐から1枚の紙を取り出して広げた。


「式典局に確認したところ、各行事は次の日程となります。まず、国内外に結婚することを正式に知らせるために、婚約式を執り行わなければなりません。これを……3月6日に行うこととします」


「婚約式?それも3月6日って、5日後じゃない!」


 アリアは思わず声を上げた。婚約しているのに婚約式をやるということも意味不明だが、そのスケジュールでは急すぎると。しかし……


「アリア。ここは言われた通りにしなさい。マグナレーナは、あなたのことを想ってそう決めたのよ」


 エレノアはそう言って嗜めた。忙しいことは知っているが、それくらい調整できるでしょと言って。


「それは……そうだけど。でも、わたしたちは婚約してるし、そのことは多くの人が知っているのに、どうして婚約式をしなければならないの?」


「それは、アリアちゃん個人の私的な婚約だからよ。この国の王太子となったのだから、それでは不十分なの」


 エレノアの言葉を引き継ぐように、マグナレーナはなおも不満そうにしているアリアに言った。レオナルドの立場を王配に引き上げるためには、まず王室入りすることを国内外に示す必要があるのだ。しかも、分かりやすい形で。


「婚約式では、レオナルド殿に『カステルモール公爵』の地位が与えられます。平民のままというわけには参りませんので。アリア殿下、そういうことなので、ご了承いただけないでしょうか」


 そして、見かねたハラボーが横から告げた。


「わかったわよ。それなら、仕方ないわね」


 アリアは一つため息をついて、承諾の意を伝えた。「こんなに大変なことになるのなら、さっさとオランジバークで結婚しておけばよかったわ」と、冗談とも本気とも取れる言葉を呟きながら。


「それで、その後は……」


「その後って……まだあるの!?」


 さらに続けようとするハラボーにアリアは思わず声を上げた。すると、マグナレーナは笑いながら言う。


「まだ序の口よ。何しろ、本当なら半年かけてやる行事をわずか半月でやらなければいけないんだからね」


「うそ!」


 アリアはげんなりして、思わず叫んだ。

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