第259話 伯爵は、責任を感じて悪巧みを持ち掛ける

「……はあ、どうしてこんなことになったのでしょう」


 テレジオ枢機卿はぼやいた。


 王宮での一件から今日で丸3日。勇者選定の儀式をなかったことにするため、ロサリオ枢機卿は今も、ユーグと共に秘密を知る者たちを捕まえては片っ端から忘却魔法をかけている。しかし……それに反比例するかのように神官たちから上がってくる声に頭を悩ませていた。

 

 即ち、「勇者が死んだ以上、一刻も早く選定の儀式を」という声だ。


「……選定の儀式、やったんだけどなぁ……」


 だが、事実はそうであっても、それを言うわけにはいかない。そのことで頭を悩ましている彼を見て、テーブルを挟んで向かい合うハラボーは同情した。


「しかし、前に言っていた世界地図を見ればわかるのでは?確か……勇者の魔力を探知するという……」


 以前の話を思い出して、ハラボーは今日ここに来たのだ。あれがあれば、いくら記憶を失ったとしても、地図を見て生まれてくる子が勇者だと気づく者が現れかねないと考えて。すると、テレジオは「それもあった……」と頭を抱えた。


「あの部屋は、勇者選定の儀式やどうしても居場所を確認する必要がある場合を除いては立ち入り禁止となっていますが……」


 今、再び選定の儀式を求める声が上がっていることを踏まえれば、いずれ担当神官があの部屋に立ち入るだろう。そのことまで考えれば、関わった神官たちの記憶を消してしまったことは早計だったのかもしれない。


「なにか……いい方法はないでしょうか?」


 しかし、消してしまった記憶を元に戻すことなどできるはずもなく、縋るようにテレジオはハラボーに訊ねてくる。ハラボーは、思いついたままに意見を述べ始めた。


「ユーグ殿の魔法で装置に干渉させる、あるいは見ている者を誤認させるという手は……」


「あの部屋は、魔法が封じられているため、それは使えないかと……」


「部屋の立ち入りを教皇猊下の名で完全に封鎖するとかは?」


「……それに不満を抱く者たちがロサリオ枢機卿以外の者を次期教皇に押し立てた場合、破られる可能性が……」


 部屋に入らないと新たな勇者を選定することができない。そして、それを妨害することは教義に反しており、今は劣勢の対抗馬がそれを盾に次期教皇に即位する可能性があるとテレジオは言った。その場合は、もちろん新勇者の選定のために、あの部屋に担当神官が入ることになるから、その魔力点の差す位置から必然と気づかれることになる。


「……いっそのこと、あと腐れなく壊しては?」


「そ、そんなことをすれば、次世代の勇者の選定ができなくなります!」


 ハラボーの乱暴な意見に、テレジオは声を張り上げて突っぱねた。


「それでは、手詰まりではないですか?」


「それは……はあ、なにか言い手はないでしょうかねぇ……」


 堂々巡りの挙句、何も解決することができないまま、話は振出しに戻った。


「その魔力点は、勇者の居場所を示すか……。厄介ですな。それでは逃げようがないじゃありませんか」


 ハラボーは目の前のテレジオ同様に頭を抱えた。何しろ、以前訪れたときにもっと詳しく聞いていれば、もしかしたら未来の国王に勇者の力が与えられる前に手を打つことができたのではないかと、責任を感じている。ゆえに、他人事と捉えることなく真剣に考えた。


「あ……」


「何か思い浮かびましたか?」


「その魔力点は、勇者の場所を示すということですよね?それならば、選定の儀式を行うとして、同じ場所に替え玉を用意すればよいのでは」


「替え玉……?」


 ハラボーの提案にテレジオは考え込む。そんな都合のいいようにできるのかと。


「テレジオ殿、例の部屋に絶対入らなければならないのは選定の儀式だけなのでしょう?」


「ええ……それ以外は、教皇猊下の許可なくして入室は許されていませんね」


 テレジオはそこまで答えて、その提案の意図に気づく。確かに選定の儀式さえ済ませれば、神官たちの不満は解消されるのだ。その後、あの部屋に入ろうとする者は現れないだろう。


「ですが……替え玉と言っても、そんなに都合よくは……」


「それについては、ワシに心当たりがある」


 ハラボーはそう言ってテレジオの下に歩み寄り、その耳元で囁いた。


「なるほど……確かに、彼の者ならば疑念を抱く者は少ないですな……」


 テレジオはようやく解決の糸口をつかんだ安堵感で、ここ数日強張ったままだった表情を緩めた。


「それでは、そのように進めますぞ」


「わかりました。ロサリオ枢機卿にはわたしから話しておきますので、それでよろしくお願いします」


 こうして、アリアの知らない所で、新たなる悪巧みは生まれるのだった。

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