第257話 魔族の手先は、花嫁の強奪を計画する

「……皆さん、魔族を過大に恐れる必要はありません。確かに、彼らは強力な力を持っていますが、だからと言って全ての魔族が戦いを望んでいるというわけではないのです」


 ここは、ハルシオン王国とオルセイヤ王国の国境に跨る森の中。今日もこうして『新教』の伝道者として、魔王陛下の御心を無知なる人族の者共に教授している男がいた。


 その名は、エンリケ・ガンタダ。魔王軍の情報部に所属する将校の一人だ。


「尊師さま。……だけんども、魔族はおら達を皆殺しにして、その皮を剥ぐっちゅう話を村の神父様が言ってたんだが?」


「それは全くのデタラメです。わたしと弟子たちは、実際に魔族領に行きましたが、見てください。こうして生きています。魔族の方たちも皆さんと気持ちは同じです。どの方も本心では戦いを嫌がっており、叶うことなら手を取り合っていきたいと」


 その言葉に場内がざわつく。多くの者が隣にいる者と囁き合って意見を交換している。ここまでくればもう一押しと、ガンタダは彼らの思考に方向性を付けるためにダメ押しをする。


「皆さん、正教会の言っていることを信じてはなりません。神官たちは皆さんの恐怖心を煽って魔族との戦いを正当化しているのです。なぜなら、そうすることで、正教会にお金が集まり、彼らはぜいたくな暮らしができるからなのです!」


「そんじゃあ、神父様の仰ることは?」


「全くのウソです。あの者たちは、口できれいごとを言いますが、頭の中はいつも金儲けしか考えていません。どうか、騙されることなく、我らと共に正しき道を!」





「おつかれさまです。今日も演説、キレッキレでしたね!」


 控室に戻ったガンタダを先程質問に立っていた男が出迎えた。彼はガンタダの部下で、予め仕込んでいたサクラだ。今は変身を解き、魔族の姿になっている。


「ご苦労だったな、バシリオ。この調子で次も頼むぞ」


「ガッテン、承知っス!」


 実の所、ああやってバシリオが人族の恐怖を煽るような質問をして、ガンタダが間違いを正し、即ち、正教会の言っていること自体がおかしいから信じるなと、民衆に説いているのだ。もちろん、この手の手法は知識のある者には通じないが、無知な民が集まるこの辺境地域では大きな効果を発揮している。


「あ……そういえば」


「なんだ?」


「さっき、本国から手紙が届いたっス」


 そう言いながら、バシリオはどこに置いたかなと、ガンタダの机の上を漁る。


「おい、ちょっと!重要な書類もあるんだから、ぐちゃぐちゃにするなよ……」


「あ……これだ」


 抗議の声を上げるガンタダを気にすることなくバシリオは積み上げられていた書類の山を崩して、その手紙を見つけた。


「誰からだ?」


 ガンタダはため息をつきつつそう呟き、バシリオから手紙を受取るとその裏面を見た。


「こ、これは……」


「どうしたんスか?」


 ガンタダの様子がおかしいことを訝しんだバシリオはそう訊ねる。しかし、彼は相手にすることなく、そのまま封を切り中身を取り出した。そして、内容に目を通す。


「陛下の花嫁に……ハルシオンのアリア王太子を……だと?」


 その手紙の差出人は、魔王アウグストの乳母であるグラフィーラ夫人だ。彼女は宮廷で絶大な影響力を持っており、一介の将校に過ぎないガンタダが逆らっていい相手ではない。


 ……だが、無茶なことを言ってくれるなと、頭を抱えた。


「王太子って、確か冷血夫人を討ち取ったあのレオナルドとかいう小僧と結婚するって噂っスよね?」


 ガンタダの呟きから凡そのことを察して、バシリオは訊ねた。


「ああ……。残念ながら、我々ごときでは敵う相手ではないな……」


 そんな奴から花嫁を奪えって何の冗談だと、ガンタダはため息を吐いた。しかし、グラフィーラ夫人の命令を無視することなどできないのが現実で……ガンタダは覚悟を決めてやらざるを得ない。


「何かいい方法はないだろうか……」


 縋る思いで、取り合えず目の前にいたバシリオに訊くガンタダ。そんな彼にバシリオは言う。


「ハルシオン王家の仕来りだと、確か婚礼の前に父祖の陵墓に参詣することになってましたよね?」


「そ、そうなのか?」


 ただのアホかと思っていたら、突然そんな深い話をするバシリオにガンタダは驚く。しかし、バシリオは気にすることなく話を続けた。


「陵墓に参詣するときは、配偶者となる者の同行は認められていないはず。狙うとすれば、そこかと……」


 バシリオは崩れた書類の山の下にあるハルシオンの地図を勝手に取り出し、その場所に丸を付けた。ただ、レオナルドはいなくても護衛の兵士はいるから、それらの者たちを排除できるだけの戦力は必要だろうと忘れずに告げる。


「それなら、ゴメス将軍に助力をお願いしよう」


 ガンタダは迷うことなくそう言った。ゴメス将軍は、戦死した冷血夫人サンドラと同じ魔王軍12将の一人で実力は申し分ない。しかも、近々この森を視察に訪れることになっている。


 ただ……本当にこれでいいのか?


 決断したものの、ガンタダの心に迷いが生じた。先程も民衆に説いていたように、魔王の心は人族との和平と決しているのだ。王太子を略奪することは、その志に逆らう行為なのではないかと考えて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る