第256話 王妃は、脅迫する

「……この度は、誠に申し訳なく……」


 ここはハルシオンの王宮。その会議室の入口で、席に着くことすら許されず、筆頭枢機卿であるロサリオが謝罪した。しかし、正面に座る王妃マグナレーナのみならず、テーブルの左右に座る重臣たちの視線も冷たい。そのことが事の重大さを示しており、ロサリオの額から汗がこぼれ落ちた。


「……あの、国王陛下は?」


 この場になぜか国王であるフランツ2世がいないことを疑問に思い、ロサリオはそのことを口にした。すると、マグナレーナはふぅっと息を一つ吐き、答えた。


「陛下はお倒れになられました。娘婿の浮気に激怒されていたところに、初孫に呪いをかけられたものだから……ちょっと頭の血管がキレちゃったみたいで……」


 本当ならそのまま崩御してもおかしくないところだが、レオナルドの治癒魔法で大事に至らなかったと、マグナレーナは笑いながら言った。しかし、その目は明らかに笑っておらず、それもこれも全て正教会の不始末が原因だと言わんばかりだった。


「重ね重ね、申し訳なく……」


「口先だけの謝罪は結構よ!」


 バン!


 ついに苛立ちを抑えきれなくなったのか、マグナレーナはテーブルを思いっきり叩いてロサリオに言った。「この不始末をどう償うのか」と。


「も、もちろん、正教会としては最大限のことをさせていただきます……」


「例えば?」


 マグナレーナからそう問い詰められて、ロサリオは横に控えるテレジオ枢機卿に合図を送り、用意していた箱をテーブルの上に置かせた。


「それは?」


「聖剣ミスティルにございます」


 ロサリオは箱を開けながら、これは大勇者と呼ばれたゲオルグ・アーデルハイトがかつて愛用した品だと説明した。そして、これを生まれてくる新勇者に献上すると。


 その言葉には、左右に腰を掛ける重臣たちから驚嘆の声が上がった。本来は門外不出のはずだったからだ。しかし……


「……あなた、わたしの言っている言葉の意味を正しく理解できていないようね」


 マグナレーナは聖剣に興味を示すことなく、呆れたようにロサリオに告げた。求めている償いはそんなものではないと。


「ロサリオ枢機卿。わたくしどもが正教会に求めることはただ一つ。生まれてくる孫にかけた呪いを解くことです」


「そ、それは……」


 そんなことは不可能だとロサリオは言った。勇者として一度祝福を与えた以上、それをなかったことにすることはできない。そして……どうしてもというのなら、堕胎するしか方法はない。


(どうしろと言うんだ……)


 もちろん、そんなことを言った瞬間、隣にいるテレジオ共々首を刎ねられて、この国の軍隊は教皇庁を焼き討ちするべく出動するだろう。それゆえに、ロサリオは口を噤んだ。すると、マグナレーナはハラボーに1通の書状を手渡した。


「その書状に、わたしが考える解決案を記してあります。どうするのかは、この場で即答を」


 受け入れるというのなら、別室で半ば強制的に眠らせているアリアを説得するとマグナレーナは言った。ロサリオは、ハラボーからその書状を受取り、中身を見た。


「こ、これは……いくらなんでも……」


「あら、できないの?……まあ、それならアリアの好きなようにさせるけど、あなたはそれでいいのね?」


 マグナレーナは念を押すように訊ねた。アリアの望む処置は即ち、正教会の総本山たる教皇庁の焼き討ちとそこにいる神官の皆殺しだ。もちろん、ロサリオの立場としては、そんなことを認めるわけには行かない。だが……


「新勇者は、その生涯において勇者としての義務を負うことを正教会は求めない……これでは、何十年もの間、我ら人族は魔族の脅威に晒されることになりますぞ!」


 それでは、新勇者選定を何のためにやったのかわからなくなると、ロサリオは主張した。


「だから?」


 しかし、その回答ではマグナレーナの心を動かすことはできなかった。彼女は続けて言った。「どうしてそのために、うちの孫が犠牲にならなければならないのよ」と。そして……


「そもそも、魔族と戦う必要なんかあるのかしら?新教の言っている和平というのが実現できれば、勇者なんて必要ないし……となれば、正教会は必ずしも必要ではないような……」


 わざとロサリオに聞こえるように、マグナレーナは呟いた。「それならば、あと腐れなくアリアの思うがままに焼き討ちさせるのもいいわね」と言いながら。


 ロサリオは震えあがった。


「……わ、わかりました。その条件、受け入れましょう」


 ついにロサリオは折れた。もちろん、その代わりに、アリアへの執り成しと、今後とも変わらぬ関係の継続を求める。その第一段階としてあるのが、アリアとレオナルドの結婚式だ。


「その件については承知したわ」


 マグナレーナはそう言って、席を立ちこの部屋から退出した。左右に座る重臣たちもそれに続くようにいなくなり、あっという間にロサリオとテレジオだけが取り残される。


「げ、猊下!」


 その瞬間、緊張の糸が切れたのか、ロサリオは崩れ落ちた。約束はしたもののどうすればよいのか、そのことを考えたとき、強烈な頭痛がしたのだった。

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