第255話 女商人は、大粒の涙を流して皆殺しを宣言する
「……本当にいいのか?これからもカミラと会っても……」
「だから、いいって言ってるでしょ。但し、さっきも言ったけど、週に1度。これだけは守ってよね?」
そうじゃないと、今度こそ処断せざるを得ないと、アリアはレオナルドに告げた。カミラ自身もそれで納得したのだから、あとはその約束を二人が守ってくれれば、例え子供を作ろうが構わないとまでアリアは言い切ったのだ。
「……寛大なご配慮、ありがとうございます」
カミラはそう言って深く頭を下げた。そして、同時に思う。このお方には敵わないと。ゆえに、絶対に約束を違えないようにと心に誓った。
「さて……これで一件落着ということで、そろそろ帰りましょ」
アリアはそう言って、温泉宿を出てレオナルドに転移魔法の発動を促す。まず、エデンに向かいカミラを送って、それからオランジバークの家に。怒り狂っているであろう父親を宥めに王宮に向かうのは、日を置いてからと決めている。
「じゃあ、行くよ」
レオナルドがそう告げて、手を握ってくれた。これまで何度も当たり前のようにしてきたことだが、アリアは絆を感じて心が温かくなる。そして、目の前の景色が変わった……。
「ふぅ……取り合えず、一件落着ね……って、イザベラさん?」
オランジバークの家に転移したアリアは、目の前で深刻そうにルーナと話している彼女の姿を見て首を傾げた。
「アリアさん!大変よ!!」
「大変?一体何が……?」
不思議そうに言葉を返したアリアに、イザベラは告げた。この町に教皇庁の神官がやってきて、レオナルドを勇者に認定しに来たと。
「とにかく、レオナルドさんを隠さないと。神官の話だと、ハルシオンとポトスはダメだから、それ以外でどこかない?」
「どこかって……」
そんなことを急に言われてもと、アリアは困惑顔でそう答えた。一瞬、エデンのカミラの家を思い浮かべたが……週に1度と決めたばかりなのだ。それは認められないと心の中で首を振った。
「それなら、ヤンの所に匿ってもらうよ」
「そうね。それならいいわね」
レオナルドの無難な提案に、アリアは頷いた。そして、いつものようにレオナルドは転移魔法を発動させた。しかし……
「あれ?」
どういうわけか、魔法は発動しなかった。
「無駄ですよ。ついさっき魔力封じの魔道具を発動させましたから、あなたは一切魔法を使うことはできません」
「誰だ!」
突然聞こえてきた声に振り返ると、そこには見知らぬ神官が立っていた。
「ちょっと!何勝手に人の家に入ってきてるのよ!」
アリアは怒り、神官に詰め寄ろうとした。そのとき……
「神よ……新たなる勇者の誕生を祝いたまえ……」
アントニオはブツブツとそう呟き、そして、詰め寄ってきたアリアのお腹に手をあてた。
「え……?」
アリアが思わず声を漏らしてその腹部を見ると、アントニオの手が青白く光り輝き、そして、一瞬の後にそれは消えた。
「い、一体、何を……?」
そのまま手を離したアントニオを唖然と見つめて、アリアは呟いた。
「おめでとうございます!これで、あなたの子が次の勇者となりました!」
アントニオは心の底から喜び、祝いの言葉を述べた。そして、唖然とその様子を見ていたアリアの目に、次第に怒りの炎が燃え上がる。
「ふ、ふ、ふざけんな!」
バキっ!
「ぐほ……」
渾身の一撃が顎に直撃して、アントニオは後ろのめり倒れ、その後頭部は床に打ち付けられた。
「い、一体なにを……」
「何をじゃないわよ!よ、よ、よくも!わたしの赤ちゃんに……!」
アリアは瞳から大粒の涙を流しながら、そのまま倒れているアントニオの胸ぐらをつかんで、何度も何度もその顔を殴った。
「わ、わたしは、教皇庁の神官ですよ!いくら勇者の母親とはいえ、こんなことをしてただで済むと……」
「それがどうした!わたしはハルシオンの王太子だ!こうなったら、王国の全軍上げておまえら神官を皆殺しにしてやる!」
「アリア!ちょっと落ち着いて!」
「離してレオ!まずはこいつを殺さなきゃ!」
暴れるアリアをルーナと共にアントニオから引き離したレオナルド。もちろん、彼も怒っていた。だが、ここでこの男を殺しても何の解決にはならないと。
「……イザベラ殿。何をしているのですか?この女を拘束しなさい」
口からこぼれた血を拭いながら、アントニオは立ち上がるなり、さも当たり前のように彼女に命じた。こんなところにハルシオンの王太子がいるはずがなく、この女は気が狂っているのだと言って。しかし、彼女は首を振った。
「アリアさんは、正真正銘のハルシオンの王太子殿下ですよ。そして、お腹におられる赤ちゃんは、未来のハルシオン国王です」
「へ?」
味方であるはずのイザベラにそう言われて、アントニオは声を失った。そんな馬鹿なことがあるはずはないと思うが……そんな彼にレオナルドが1枚の新聞記事をつきつけた。
「これなら、信じるだろ!」
その記事は、昨年11月に執り行われたハルシオンの王太子就任式を伝えるもの。テレジオ枢機卿の隣に立つ王太子は、よく見れば目の前の女と瓜二つだった。
「ま、まさか……そんな……」
アントニオは、ようやく事の重大性を理解して崩れ落ちた。
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