第254話 シスターは、新勇者の正体に思い至り……
「……それじゃあ、アリアさんはその愛人の方と温泉旅行に?」
「そうなんですよ!酷いと思いませんか!?わたし、置いてかれたんですよ!」
そう言って憤るルーナの言葉に、イザベラは苦笑いを浮かべた。彼女はどうやらアリアと一緒に温泉に入りたかったと言っているが……そんな修羅場にどうして自ら首を突っ込みたいのかと。
「それにしても……アリアさんって変わったわね。昔だったら、愛人殺してレオナルドさんも……って展開になったはず。もしかして、妊娠したから性格が丸くなったのかしら?」
「に、妊娠!?」
イザベラから告げられた思わぬ言葉に、ルーナは驚き声を上げた。
「イザベラさん……妊娠って、その……やっぱり、アレをやったからそうなったんですよね?」
顔を真っ赤にしながらも、前のめりで訊いてくるルーナ。どうやら、思春期の彼女には刺激が強かったらしい。そのことに思い至り、イザベラはまた苦笑いを浮かべた。
「まあ、女の子ならいつかは通る道ね。もちろん、あなたも……」
「きゃああああああ!!!!!!!」
両手で顔を覆いながら、ルーナは恥ずかしそうに悲鳴を上げた。
「どうしよう!まだわたし、心の準備が……!」
「落ち着きなさい。第一、あなた相手がいるの?」
「……いないけど、でも、ヤンさんに求められる可能性も!?」
そうなったら、どうしようと騒ぐルーナの姿に、「この娘、本当に大丈夫かしら?」とイザベラは心の底から心配した。ただ、この娘がネポムク族のヤン族長のことを密かに想っているということは伝わり、心の中にメモをする。いずれ、何かに役に立つかもしれないと。
「シスター。ご歓談中の所申し訳ありません。今、表にポトスの司教様からのお使いが……」
「司教様の?」
シスター見習いのミーナから告げられた言葉に、イザベラは訝し気に首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いや……ポトスから遠いこの教会に、一体何の用かなと思って……」
ルーナの問いかけに、イザベラはそう返した。ただ、会わないという選択肢はない。
「ミーナ。こちらにお通しして」
「こちらにですか?」
ミーナは不思議そうにルーナの方をちらっと見て言った。
「な、なによ、ミーナ。言いたいことがあるんなら言いなさいよ!」
「別に何もないわ。ただ……アホなあんたがいてもいいのかな?って本気で思っただけで」
「ア、アホですって!?」
ルーナは眉間にしわを寄せて立ち上がると、ミーナの下へと向かう。そんな彼女の姿を見て、イザベラはため息をついた。
「やめなさい、二人とも。ここは神の御前ですよ?」
その一言で、二人は固まる。彼女たちは知っているのだ。シスター・イザベラは怒らせたらダメだ人だと。旦那であるボンの末路を思い浮かべて、矛を収めた。
「そ、それじゃあ、わたしそろそろ帰りますね」
ルーナはそそくさと部屋を後にした。そして、同じくミーナも玄関に待たせてある使いの方とやらを迎えに行く。
「ホントにもう……」
そんな二人を呆れるように見送りながら、イザベラは次の瞬間には思考を切り替えた。もし、選挙戦で神の言葉を偽ったということや、本部に納めるべき上納金を誤魔化したことがバレたのなら、とても不味いことになると考えて。
(大丈夫……証拠はバッチリ隠してるから、何を訊かれてもシラを突き通せば問題ないわ!)
自分を励ますように気合を入れ直していると、この礼拝堂の扉が開かれて小太りの男が現れた。ただ……その衣服は紫色で、ポトスの教会ではなく、教皇庁所属であることを示していた。
「シスター・イザベラ。はじめまして。教皇庁のアントニオ・エルコラーニと申します」
「これは……遠路はるばるようこそお越しくださいました。この教会を預かるイザベラ・アシュレーです」
イザベラはそう言って、恭しく頭を下げた。何しろ、相手は教皇猊下直属の神官であり、機嫌を損なえば、自分程度の処遇など、どうとでもできる相手なのだ。
「それで、ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます。我々は、新勇者に神の御印を授けに参りました」
「新勇者?」
そんな者がこの町にいるのかと、イザベラは首を捻った。すると、アントニオは苦笑いを浮かべて言った。
「実は、この町にいるとは限らないのです。こんなことは、過去の記録にもなかったようなのですが……新勇者はどうやら転移魔法で各地を転々としているらしく……」
「転移魔法!?」
イザベラは、その言葉を聞いてレオナルドの顔が浮かんだ。
「そ、それで……転移魔法を使っていると言われましたが、どうしてこの地に?」
「新勇者の魔力点を追った所、いくつかの地点を定期的に訪れていることが分かり、わたしがこのオランジバークの担当として参った次第です。他にも、ハルシオン王国の王都ルシェリー、ポトス……こういった場所にも姿を見せているようなので、そちらにも別の者が……」
「はあ……」
その説明に、イザベラは確信を強めた。新勇者はレオナルドだと。
(まずいことになったわ!)
イザベラの表情は見る見るうちに曇っていく。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……なんでも……」
訝し気に訊ねてきたアントニオにそう言って返すも、怒り狂うアリアを想像してイザベラはゾッとした。そして、一先ず彼を客室に案内すると、自らはさっき帰ったばかりのルーナの元に相談に向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます