第253話 勇者の元カノは、浮気相手の婚約者に寛恕を請う

 家の周りは、兵に囲まれていた。


 窓を開ければその姿がはっきりと見えるが、その旗印はハルシオン王国のものではなくエデン王国のもの。大使からの通達を受けて青ざめたエデン国王が、少しでもハルシオン側の怒りを宥めるために自発的にやっているとカミラは聞いている。


「はあ……馬鹿なことしちゃったわね……」


 そんな風景を窓から眺めて、カミラはため息をついた。


 あれから1週間。当然、レオナルドが姿を見せることはない。何しろ、王女との結婚が控えていたというのに浮気したのだ。彼自身もただでは済んでいないだろう。そのことに思い至ると、胸がチクリと痛む。


 勇者の一件も含めて王女には思うところはあるが、決して彼が不幸になることを望んでいたわけではないからだ。


「ごめんね……レオ」


 部屋の中の、彼がよく座っていた場所を見て、カミラは呟いた。もちろん、そこには誰もいないから返事が返ってくるはずもない。それでも、彼女は構わなかった。そのとき……


「ん?何かしら……」


 窓の外が騒然となっているようで、兵士たちの驚くような声が多数聞こえてきた。カミラは再び窓の外に目をやると、そこには今想っていたレオナルドと……とても鮮やかな赤いドレスを着たお姫様がこちらに向かって歩いていくのが見えた。


「うそ……」


 カミラは、そのお姫様が彼の婚約者であるアリア王女であると理解し、驚愕のあまり声を零した。そして、その声が聞こえたわけではないだろうが、アリアは微笑みながらカミラに気づき……なぜか会釈した。


(なぜ!?なぜ会釈するの?わたし、浮気相手なのよ!)


 そのまま真っ直ぐにこの家に向かってくるアリアを見て、カミラは動揺した。無論、この事態は想定外で、心の準備は何もできていない。そうしていると、ついに家のベルが鳴った。


「あ、あの……どういうご用件で?」


 こうなってしまえば、居留守を使うわけにはいかない。カミラは恐る恐る扉を開けて、目の前に立つアリアに言った。


「はじめまして、レオの婚約者のアリア・ハルシオンです」


 目の前に立つアリアは、特にレオナルドの婚約者であることを強調して、カミラに告げた。そして、今後のことを話したいから来たと。


「ど……どうぞ、中へ」


 この状態で帰ってくれとはもちろん言えずに、カミラは中にアリアたちを通した。通されたアリアは、目の前にあった椅子には座らずに、そのまま寝室に向かった。


「ちょ、ちょっと……」


 いくら何でも無礼ではないかと思い、カミラは止めようと声を上げたが、アリアは止まらない。


「ふ~ん、ここで盛ってたわけね……」


 ベッドを見るなり、アリアはじろりとレオナルドを睨みつけて言った。やはり怒っているようだとカミラは感じる中、そんな彼女にレオナルドが頭を下げた。


「す、すまなかった……」


「いいのよ。わたしに隙があったのが原因だし」


 アリアはその話はもう終わったと言わんばかりに、レオナルドに告げた。つまり、アリアとレオナルドの間で、すでに自分に対する結論は出ている、カミラはそう感じて身構えた。


 そのとき、ベビーベッドで眠るランスが突然泣き出した。


「あら?その子がアベルとあなたの子ね。どれどれ……」


 カミラの顔が青ざめた。アリアがベビーベッドからランスを抱き上げたのだ。


「かわいいわね……」


 アリアはそう言うが、目はとても冷たい。これから何かをするような予感がして、カミラは……土下座した。


「どうか……どうか、その子だけには、お慈悲を!わたしはどのようになってもかまいません!……お願いします、王女殿下!!」


 自分のやったことは理解している。たが、その子には関係がないことだとカミラは主張し、アリアに寛恕を請うた。しかし、いくら願ってもアリアからは反応はない。やはり、ダメかとカミラの心は折れて、その場に泣き崩れた。


「ふふふ……まあ、この辺で許してあげましょうか」


「へ?」


 突然聞こえた声にカミラが顔を上げると、そこには優しく微笑むアリアの顔があった。


「大丈夫よ。わたしの名において、あなたたち親子は不問にします。今回のことは、浮気されたわたしが一番悪いということよ」


 だから、顔を上げてお話ししましょうというアリアに、カミラは呆然としつつ、ベッドに座る。ただ……それを見てアリアは言った。


「……やはり、そのベッドを見ると不快だから、せめて場所は変えてくれないかしら?」


 その言葉に思い至り、カミラはさっき通ったリビングの方へと二人を案内し直すのだった。

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