第252話 伯爵は、でき婚だとバレないように苦心する

「……事情はよくわかりました。確かにそれならば、式の方は早めなければなりませぬな……」


 テレジオ枢機卿は、内心でため息をつきつつも、悟られないように気を付けながらそう答えた。目の前に座るハラボー伯爵の要請は、アリア王太子の結婚式を予定していた6月より前倒しして欲しいというものだが……その理由が妊娠しているからだというから呆れる限りだ。


 由緒ある王家の姫君が『できちゃった婚』とは、時代も変わったものだと。


「……今、とても無礼なことを考えられたのでは?」


「い、いえ、決してそのようなことは!」


 しかし、どうやら心の声は顔に現れていたようで、ハラボーに見抜かれてしまい、こうして苦しい弁明を余儀なくされた。だから、話を先に進める。これ以上、この話題を引き摺るのはまずいと思って。


「……ご希望では、教皇猊下直々の祝福を求められていましたな?」


「いかにも。次の国王に即位されるアリア殿下の結婚式ですからな。我が国としては、最高の格式をもって執り行いたいと」


 ハラボーははっきりと王国の要望を伝えた。それについては、これまでにも聞いており、テレジオも異論はない。ハルシオン王国との強い絆を国内外に示すことは、正教会にとっても重要な意味合いを持つからだ。


「ただ……教皇猊下は、諸国を外遊中でして、戻られるのはひと月あまり先の話。今は2月の下旬ですから、早めたとしても4月の初め頃になるかと……」


「4月の初めか……」


 テレジオから返ってきた答えに、ハラボーは考える。医師の見立てでは、現在、アリアは妊娠3カ月だという。今はまだそれほど目立たないが、その頃にはお腹が膨らみ誤魔化せないのではないかと心配する。


「……教皇猊下の外遊を切り上げてもらうわけには?」


「ガリア帝国への訪問も含まれていますからね。それは無理かと……」


 ガリア帝国とは、ハルシオンと並ぶこの大陸の雄であり、新教の蔓延を食い止めるためには蔑ろにすることができない相手だ。そのことに思い至り、ハラボーは苦虫を潰したような顔をした。


「どうしても早めたいのなら、ロサリオ枢機卿に代理をお願いする手も……」


 ロサリオ枢機卿は筆頭枢機卿であり、次期教皇との呼び声も高い。そのことに思い至り、テレジオはハラボーに提案する。次世代を担う者同士で、関係を強化するというのもありではないかと。


「なるほどな。確かにそれは一理あるな……」


 ハラボーは、その提案の効果を認めた。そして、その提案を王宮に持ち帰り、改めて回答すると言って席を立つ。そのとき……


「また消えただと!?一体どうなってるんだ!」


「わかりません!しかし……魔力反応は別の場所に……」


 部屋の外、廊下の方からいくつかの足音と共にそのようなやり取りがハラボーの耳に届いた。


「あれは?」


 特に大きな理由があったわけではなかったが、ハラボーは何気なく訊ねた。


「ああ、あれは、勇者の行方を追ってるんですよ」


「勇者の行方?」


 「なんだそれは」と言わんばかりに首を傾げるハラボー。それを見て取り、テレジオが説明する。


「実は、数日前に新勇者の選定の儀式を行ったのですが……どういうわけか、その新勇者は一か所に留まっていないらしく、ああして見失うたびにちょっとした騒ぎになっているのですよ」


「ほう……」


 前の勇者が処刑された以上、正教会が新しい勇者を求めるのは仕方ないとハラボーは理解する。ただ、仕組みが今一つわからない。だから、テレジオに説明を求めた。


「勇者選定の儀式は、正教会に所属する巫女が神に祈りを三日三晩捧げて、次の勇者の魔力の信託を受けるところから始まります」


「魔力の信託?」


 益々意味が分からないと、首を傾げるハラボー。すると、テレジオは少し笑いながら言った。


「まあ、その反応は当然でしょうね。わたしだって、初めに聞いたときは同じでしたから。……担当している神官たちに訊いたところ、正教会の地下にこの世界の地図があり、勇者の居場所がわかるようになっているとか」


「勇者の居場所がねぇ……」


 それならば、なぜアベルを追っているときにサッサと教えてくれなかったのだろうかと、ハラボーは思った。やはり、正教会は匿おうとしていたのではないかと考え、疑いの目を向けた。


「え?ああ……アベルの事ですか!?あれは、わたしどもが伝える前に王太子殿下が捕まえられたので、どうしようもありませんでしたよ。だから、決して匿おうとしていたわけではなくてですね……」


 ハラボーの疑いに気づいたテレジオは、必死で弁明した。事実、正教会がアベルから勇者の資格を剥奪することを正式に決めた次の日に、アベルはハルシオンの地下牢に入れられたのだ。それなのに、一体どうしろというのだと言って。


「まあ、そういうことにしておきましょうか」


 ハラボーはそう言って話を締めて、「それでは」と退室した。すでに終わったことをこれ以上議論しても実りはなく、やることが山積している以上、時間を無駄にすることはできない。それは、別におかしな判断ではなかった……はずだった。


 しかし、ハラボーはのちにこのことを思い出しては後悔することになる。どうしてもっと慎重に訊いておかなかったのかと……。

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