第251話 新魔王は、和平を模索する
「……これはなんだ?」
「陛下のお見合い写真にございます」
「…………」
先代魔王の崩御と、それに端を発した主戦派の粛清を終えた魔王アウグストは、側近であるアンドリューから手渡されたその写真の束をゴミ箱に放り捨てた。
「ああ、なんてことをするんですか!」
見合いがイヤなのはわかるが、なにも捨てることはないだろうとアンドリューは拾い上げた。相手の女性たちには何も罪はないでしょと言って。
「大方、婆やに頼まれたのだろ?」
アウグストはため息交じりで言った。ちなみに婆やとは、彼の乳母であるグラフィーラのことを差している。
「御明察の通りです。御気に入られた方があれば、丸を入れて渡していただければ、あとは勝手に段取りを勧めてくれるそうですよ」
羨ましいですねというアンドリュー。なお、彼も独身だ。
「羨ましいのなら、おまえがこの中のどれかを選び、紹介してもらえばいいだろう。俺の側近なんだから、喜んでくれると思うぞ」
「そうだといいのですが……」
自嘲的な笑いを浮かべるアンドリュー。それを見てアウグストはもっと自信を持てばいいのにと思いつつも、話を切り替えた。いつまでもそんな無駄話をしている暇はないと。
「それで、人族の中で現在強い影響をもつ者のピックアップは済んだのか?」
「はい。それはこちらになります」
アンドリューは先程とは別に用意した何枚かの写真を手渡した。
「1枚目から順に、ルクレティア共和国アルバーノ・バレンティン大統領、ガリア帝国皇帝ルドルフ4世、正教会ミハエル・マルティネス教皇、ロランディ財閥リチャード・ロランディ総帥、そして最後は、ハルシオン王国アリア王太子……」
「王太子?」
アウグストの手が最後の1枚の所で止まる。そして、訊き返した。国王フランツ2世ではないのかと。
「実は……その王太子なのですが、少し異色でして……」
アンドリューは語った。そのアリアという王太子は、大国の王女でありながら新興国家・北部同盟を立ち上げてその盟主となり、商売を始めてはあっという間に財閥に匹敵するほどの商会を作り上げたと。
「しかも、最近聞いた話では、王位をめぐる争いの中で彼女は勇者によっては見知らぬ地に置き去りにされたそうですが、自力で脱出してきっちりその落とし前をつけたとか。とにかく、その実力はハルシオンのみならず広く認められているようで……」
「……おもしろいな」
アウグストは率直にそう思った。そして、彼女の写真に丸を付けた。
「この方と会えるように算段を付けてくれ」
「かしこまりました」
アンドリューは写真を受け取って、アウグストの御前を辞去した。
「アンドリュー!陛下はどのおなごが御所望なのか?」
アウグストの部屋を退出してしばらく歩いたところで、アンドリューは呼び止められた。振り返るとそこには先程話題に上がったグラフィーラが立っていた。
「これは、グラフィーラ様。陛下にはお伝えしたのですが……残念ながら、どなたも選ばれずに……」
「なんと!」
グラフィーラは、とても驚いた顔をして声を上げた。そして、アンドリューを疑うように見た。
「な、なんでしょう?」
「もしや……陛下はおなごではなく、おのこの方がお好みか?まさか……お主はその相手か!?」
「はあ!?」
何を言うのだとアンドリューは声を上げた。そのとき、視界に絶賛片思い中の女官・マイヤの驚く顔が見えた。
「ご、誤解だよ、マイヤ!ああ……待ってよ。そんなんじゃないって……」
アンドリューは、グラフィーラを放置してマイヤの後を追った。その姿を見て、グラフィーラは笑う。
「まだまだ青いのぉ。それくらいの冗談で動揺してからに。さて、陛下に直接……ん?」
その時彼女は足元に1枚の写真が落ちていることに気づいた。
「ほう……」
その写真に丸が入っていることを見て取り、グラフィーラは口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。裏には、「ハルシオン王国アリア王太子」と書かれてあった。
「なるほど……道理で頷かぬはずじゃな……」
アウグストが人族との和平を模索していることはグラフィーラも当然知っている。ゆえに、彼がこの王太子と異種間結婚をすることで、それを実現しようとしていると判断した。
「よしよし、それならば……」
グラフィーラは、自室へ戻る。ハルシオンにいる子飼いのスパイに指令書を送るために。内容は、もちろんアリア王太子をアウグストの花嫁として連れてくるようにというものだった。
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