第250話 女商人は、愛人に何か負けないと宣言する

「……ここは?」


 夢の中でホッとした瞬間、意識が浮揚してアリアは目覚めた。普通は、夢の話は目覚めるとともに手のひらから水が零れるように忘れていくものだが、衝撃が強かったせいか、あるいは本当に呪われようとしていたのか。アリアは鮮明に覚えていた。


「レオ?」


 そして、そのとき気づいた。自分の右手を握りしめている存在に。それはとても暖かく、アリアにとってかけがえのないものであった。


(ありがとう……)


 アリアは自分の手を握りしめたままで眠ってしまっているレオナルドを見て、起こさないように心の中でお礼を言った。彼の頬にははっきりと涙の跡があり、どうやら心配させてしまったようだ。


 だが、同時に気づく。


 彼の体から、誰のものなのかはわからないが、女性の匂いがしていることに。


(……やっぱり、カミラさんと……)


 夢の中でアベルは言った。「今頃、カミラとしっぽりやっているはずだ」と。どうやらそれは事実の様で、アリアはこれまで抱いていた疑惑が事実であったことを知った。


 だが、不思議と怒りは湧かなかった。


(……これも、自分が蒔いた種か)


 アリアは、夢の中でアベルから言われた「自分が復讐され返されると思わずに、復讐に手に染めてきたのか?」という言葉を反芻する。よくよく考えれば、自分が勇者を執拗に追いかけなければ、カミラがレオナルドとこうした男女の関係になることはなかったのだ。


 だから、素直に受け入れた。全ては自分の罪として。


「う、うーん……ん?アリア?」


 そのとき、レオナルドが目を覚ました。そして、目を覚ますなり、抱き着いてきた。


「ちょ、ちょっと、レオ!」


「ごめん!本当に、ごめんなさい!」


 レオナルドは大粒の涙を流しながら、何度も何度も謝罪の言葉を伝えた。アリアはそんなレオナルドの背中を優しく摩りながら、「わかったから」と何度も伝えた。そして……。


「やっぱり、カミラさんと浮気してたのね……」


 抱きしめるレオナルドの耳元に意地悪く囁いた。


「……え?」


 その瞬間、レオナルドの顔は固まり、涙も止まった。そして、逃げなければと心の中で警鐘を鳴らした。アベルの股間の末路を思い出して。


「お願い……。話を聞いてくれる?」


 しかし、アリアは怒り出すでもなく、優しくそう告げた。どういうことかと思い、レオナルドはアリアから手を放して、逃げずに正面から向き合った。見ると、彼女の顔はとても穏やかだった。


「あのね、レオ。全てはわたしが悪いのよ。ごめんなさい」


 アリアはそう言って頭を下げた。一方、レオナルドの方は意味が分からず呆然としている。裏切り行為をしたのは自分であり、それなのになぜアリアが頭を下げているのか理解ができずに。


「実はね……」


 そんなレオナルドに、アリアは話した。夢の世界で何があったのかということと、勇者に言われた言葉を。


「そんなことが……」


「信じられないかもしれないけど、アベルの言葉には一理あると思ったわ。そもそも、アベルに復讐したから、カミラさんとあなたはその……関係を持っちゃったわけだし……」


 アリアは言い辛そうにそう言った。その言葉に、レオナルドは疑問が湧いて訊ねる。どうして、気がついたのかと。


「匂いよ」


「匂い?……あ!」


 レオナルドはしまったというような顔をした。そして、カミラの忠告は正しかったと知る。今日は慌てていたため、消臭魔法をかけることを忘れていたのだ。


「それについては……本当に、ごめんなさい」


 今度はレオナルドが頭を下げた。しかし、アリアは怒らずに「いいのよ」と告げて、意味が分からずに困惑する彼に説明した。


「あなたの心は、あなただけのもの。それを自分の所に縛れないというのなら、わたしの力不足。それをあなたに求めても、あなたはきっとわたしから遠ざかっていく……」


「アリア……」


 その言葉に、どう答えていいのかわからず戸惑うばかりのレオナルド。アリアは続ける。


「要は、あなたがわたしの元を離れたくないと思わせるように、わたしは……そんな女にならなければいけないということなのよね。だから、わたしはカミラさんを責めないわ。今回のことは、わたしがまだまだあなたの心を掴み切るほど、魅力的ではなかったから……」


 だから、もう一度チャンスが欲しいと、アリアは言った。「カミラになんか負けないから」と、力強く。





「……ユーグ殿。さっきの話だけど、撤回するわ」


 部屋の外に漏れてくるアリアとレオナルドの話を聞いて、マグナレーナは告げた。カミラのことは、アリアに任せると言って。


「承知しました」


 そう告げるユーグの顔もホッとしていた。それを見て、マグナレーナはクスリを笑って言った。


「それにしても……あの子は凄いわね。わたし、フランツがエレノアと出来ていたことを知った時、あんな風に思えなかったわね……」


 フランツをボッコボコのギッタンギタンにして、あとで父親に怒られたと、マグナレーナはここだけの話として、ユーグに打ち明けた。そして、二人は気づかれないように部屋の前から去って行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る