第249話 女商人は、夢の中で……

「はははっ!無様なものだな、アリア!」


「ア、アベル!?」


 どうしてここに居るのと、アリアは叫んだ。王宮前の広場で首を刎ねて確実に殺したはずなのだ。それなのに、彼は目の前にいて、不敵にも大笑いしている。


「何よ!夢の世界にまで現れて、何を言いに来たのよ!」


 アリアはここが夢の世界だと気づいた。どういう理屈かはわからないが、直感で。すると、アベルは言った。


「ああ、そうだ。ここは夢の世界だ。……だがな、果たして目覚めたとき、夢でよかったと言えるかな?」


「それは、どういう……」


 アベルの意味深な言葉に、アリアは警戒を強めた。……が、同時に驚愕の表情を浮かべた。目の前に、レオナルドの叔父であったクレト、ポトスの総督だったリヴァルタ侯爵、破滅したと聞いていたカッシーニ会頭が現れたのだ。一様に、アリアを睨みつけながら。


「な、なによ……」


 とても凄く嫌な予感がして、アリアは後退った。何しろ、この者たちはアリアのせいでいずれも不幸な最期を遂げているのだ。そして、そんな怯えるアリアに、アベルは言った。


「おまえって、ホントひどい女だったんだな。確かに、俺も含めておまえに理不尽なことをしたが……やりすぎだろ?」


 去勢された挙句、海獣の餌にされたクレト、美人局で嵌められて全てを失って自決を強制させられたリヴァルタ侯爵、アリアのせいで牢に入れられてその間に店を潰されて、最後は借金取りに殺されたというカッシーニ会頭……。


「ま、待ってよ!クレトさんは確かにわたしもやりすぎたかな、って思わないわけじゃないけど……リヴァルタ侯爵やカッシーニ会頭は自業自得でしょ!?わたしが直接手を下したわけじゃないわ!」


 アリアは精一杯抗弁した。だが、怨霊となった彼らには届くはずもなく、一歩、また一歩と恨みを込めた目をしてアリアに近づいてくる。


「やめてよ……何をする気なの?」


「なぁーに、簡単なことさ。これからおまえの大事なものを壊してやる。ただそれだけのことさ」


「大事なもの?」


 一体何のことかとアリアは思う。すると、アベルはアリアの後方を指差していった。そこには、半透明な器があり、かわいい赤ちゃんが眠っていた。


「おまえの娘だ」


「えっ!?」


 思わぬ言葉にアリアは驚き固まった。しかし、その間にもクレトたちはアリアの前を通り過ぎて、器に近づいていく。


「ま、待って!何をする気なの?」


「決まっているだろ。復讐をするのさ。おまえは自分の娘が無残に殺されるのをここで眺めるのさ!」


 アベルはとても残忍な笑みを浮かべながら、アリアの耳元で囁いた。その囁きに、アリアは恐怖し、半狂乱となって叫んだ。


「や、やめて!わたしの赤ちゃんに手を出さないで!」


 アリアは助けようと、こうしている間にも娘に近づく怨霊たちを止めようと駆け出そうとするが……


「行かせると思ってるのかい?」


 アベルに羽交い絞めされて、アリアは一歩も動くことはできない。そして、連中はハンマーのようなものを取り出して、器を割ろうとしている。


「やめて!わたしが悪かったわ!ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!」


 アリアは精一杯声を張り上げて謝罪の言葉を口にした。しかし、彼らの行動は止まることはない。


「お願い!もう止めて!何でもするから!」


「……今更、虫が良すぎるよ。おまえだって、そうやって命乞いをしている者を手にかけてきたのだろが。……それとも何か?もしかして、自分が復讐され返されると思わずに、復讐に手に染めてきたのか?」


 アベルは呆れたように言った。よくもまあ、その程度の覚悟でこれだけの人を不幸にしたものだと。


 そして見ると、先程まで3人しかいなかったはずが、いつの間にかその数を増やしていた。クレトと共に海獣の餌となった村の幹部たちや、ブラス商会の元会頭に盗賊の親玉。それにムーラン帝国のアジズや広間にいた反乱軍の幹部たちの姿も……。


「レオ!お願い!助けて!!」


 心に浮かんだ最後の希望にアリアは縋り、そして叫んだ。彼はいつでも助けに来てくれる。あの娼婦に落されそうになった日もそうだったように、きっと今回もと……。


「無駄だよ。アイツは今頃、カミラとしっぽりやってるはずさ」


 だから、助けは来ないと囁くアベル。でも、アリアは信じた。これまでもそうだったように、今回も。そして……


「な、なんだ!?あの光の壁は……」


 怨霊たちが娘を守る器にいよいよ攻撃を加えようとしたとき、それは現れた。光の壁は魔力によるもの。そのことにアリアは気がつき、喜んだ。レオナルドが助けてくれたと……。

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