第248話 王妃は、その役割を忠実に果たす
「……それで、レオナルドは今アリアの側に?」
「はい。申し訳ありません。止める間もなく……」
ユーグは、そう申し訳なさげにマグナレーナに告げた。このとき、アリアは診察が受けた会議室から近くの部屋に用意されたベッドに移されていたが、そんな彼女の手をレオナルドはずっと握りしめて、励ましの言葉を掛け続けているという。
「まあ、そんな状態なら引き離すことなんて無理よね。……わかったわ。構わないからそのままに……」
マグナレーナはため息を一つ吐き、そう言った。
「よろしいので?」
下座に座るハラボーが訊ねる。何しろ、この会議の結論によっては、婚約は破棄され、レオナルドは処罰を受けることになるからだ。だが、マグナレーナは首を左右に振った。
「結論としては、レオナルドを手放すことはできないわ。だから、婚約は破棄する必要はない」
マグナレーナは、微塵の迷いもなくそう言い切った。ユーグは、その言葉にホッと胸を撫で下ろすが……
「お待ちください!それでは、王室の威信が……」
「何を言ってるのかしら?その程度で問題になるのなら、アリアを王太子になどしません。忘れているのかしら?彼女は陛下の隠し子なのですよ?」
宮内大臣のマイヤール伯爵の言に対しては、マグナレーナは冗談めかしく言って躱した。そして、そこまで言われてしまえば、マイヤールの方も何も言えなくなる。
「……ですが、アリア殿下のお気持ちは……」
しかし、今度はハラボーがそのことを心配して懸念の気持ちを伝えた。アリアは、昔とは違い擦れてはいるが、恋愛事に関しては純情であり、決して浮気に寛容な性格とは思えないと言って。
「確かにそうよね。恋愛経験も少ないし、独占欲も強いわね、あの子は。……だけど、わざわざ浮気されたと知らせる必要ある?」
「は?」
思わぬマグナレーナの言葉に、ハラボーは目を点にして驚いた。
「お、お待ちください。殿下に知らせないおつもりで?」
「だったら何?」
「隠しきれるとは思えませんぞ!ユーグ殿の話では、すでに感づいている節もあるようですし……」
だから心労で倒れたのではないかと、ユーグの話を元にハラボーは言った。しかし、マグナレーナは取り合わない。
「でも、あの子の中ではまだ疑惑の段階よね?そうよね、ユーグ殿」
「ええ、疑ってはいるようですが、確信までには至っておりませんね」
ユーグは、これまで側で見てきたままの感想を告げた。そして、私見ではあると前置きしたうえで、真実をはっきりさせることを怖がっているとも。
「だったら、話は早いわね。この一件、なかったことにしましょう!」
「なかったことにする?」
その意味が理解できずに、ハラボーもマイヤールも首を傾げる。……ただ、ユーグはその真意を理解した。
「……つまり、カミラ親子を抹殺すると?」
「ええ、そうよ。彼女がこの世にいたという痕跡全てを消せば、あったことをなかったことにすることができるわ」
マグナレーナは、さも大したことがないように皆に告げた。その声には、感情のかけらは一切籠っていない。ハラボーもマイヤールも、背筋が凍り付くような思いを抱いた。
「しかし……申し訳ありませんが、息子が納得するとはとても……」
ユーグは正直に懸念を伝えた。無論、自分としては異論もなく、息子の説得も行うつもりだが、失敗に終わる可能性が高いと言って。
「その場合は、レオナルドは王家に弓引く罪人として共に処刑します。そうならないようにお願いしますね?」
マグナレーナは、冷たい笑顔を見せてユーグに念を押した。そして、告げる。「これが最大限の譲歩だ」と。
「……かしこまりました」
ユーグは肩を落として承諾の意を伝えた。こうなってしまえば、それ以外の回答はあり得ない……。
「あ、あの……典医のメアリー様が火急のご用件でお見えに……」
そのとき、部屋の外から声が聞こえた。
「火急の要件?何かしら……」
アリアの診察結果の事だろう。悪い知らせではないことを祈りながら、マグナレーナは発声主である侍女に通すように告げた。すると、扉が開かれて、メアリー女医が姿を見せた。
「メアリーさん、何かわかりましたか?」
「恐れながら、申し上げます。アリア殿下におかれましては、めでたくご懐妊のよしにて……」
「懐妊!?」
マグナレーナは思わず大きな声を上げた。そして、ユーグを、ハラボーを、マイヤールを見た。皆一様に驚いている。どうやら、聞き間違えではなさそうだ。
「おめでとうございます!」
「これで、我が国は安泰ですな!」
ハラボーが、そして、マイヤールが、お祝いの言葉をマグナレーナに告げた。
「ありがとう……みんな、ありがとう」
その瞳には薄っすらと涙を溜めて、マグナレーナは感謝の気持ちを伝えた。
マグナレーナとアリアの間には血縁関係はない。もちろん、これから産まれるという子供も本当の孫ではない。しかし、目の前の光景を見る限り、彼女は心の底から喜んでいた。この国の王妃として、すべては王国の繁栄のために。
そのことに思い至り、ユーグは腹を括る。何が何でも、レオナルドを説得しなければと。例え大賢者であろうと、大国ハルシオンが本気で討伐に乗り出したら、逃げ切れるはずはないのだから。
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