第247話 勇者の元カノは、事が露見して青ざめる

「……ねえ、そろそろ帰らなくてもいいの?」


「え……ああ、そうだね」


 情事の時が終わり、ランスに授乳しているカミラから言われた言葉に、レオナルドはそう言いつつも中々ベッドから起き上がろうとしない。時刻は午後7時を過ぎようとしていた。


 初めの頃は、アリアにバレたらまずいと思っていたレオナルドであったが、秘密を抱えたままでアリアと同じ空間にいるのが辛いらしく、こうして帰宅時間は密会を重ねるごとに次第に遅れていく。そのことに気づいているカミラは、今日も深いため息をついた。


(……このままじゃ、きっと不味いことになるわね)


 あれほど平然としなさいと言っていたのに、この男はどうやらそれができないようだった。そのことは、カミラにとって誤算であり、遠からず秘密はバレるだろうという危機感を抱いている。


 だが、だからといって、今のカミラには彼の下を去ろうという気持ちはない。こうして何度か体を重ねているうちに、彼女は王女への復讐などどうでもよくなるほど、レオナルドを愛してしまったからだ。


「……ねえ、いっそのこと、このまま子供を連れて一緒に逃げない?」


「え?」


 カミラから聞かされた思わぬ言葉に、レオナルドは驚き声を上げた。


「い、いや、流石にそれは……」


「何よ。そんなに王配という地位に未練があるわけ?」


「べ、別に、王配何かには興味はないさ。でも……」


 レオナルドの脳裏にアリアの顔が浮かんだ。胸が痛くなる。今、こうして彼女を裏切る行為をしているが、別れたいかと訊かれれば、別れたくはない。


「……やはり、できないよ。カミラ、君のことが嫌いなわけじゃないが、やはり、俺には……」


 真っ直ぐにカミラを見つめて、レオナルドは正直な思いを告げた。「アリアと別れてまで君を選ぶことはできない」と。


「そう……」


 カミラは寂し気にそう答えた。もちろん、そのような答えが返ってくるとは予想していたが、いざ言われてみると胸が締め付けられるように痛くなる。だが……


「それなら、やっぱりこんな所にいるべきじゃないわ。さあ、帰って頂戴。それと、何度も言うけど、普段通りに過ごしなさいよ。じゃないとバレるからね!」


 カミラは気丈に振舞い、レオナルドの背中を叩いた。


「わ、わかってるよ。それじゃ、そろそろ帰るとするよ……」


 レオナルドはこうしてようやくベッドから立ち上がり、帰り支度を始めた。そのとき……


「あら?何かしら……」


 家の外から馬の鳴き声と、多数の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「レオナルド!ここにいるのだろ。今すぐ出てこい!!」


「えっ!?この声は!」


 レオナルドはまだシャツのボタンを留め切れていないにもかかわらず、そのまま家の外に出た。そこには、ユーグが駐在大使であるセザールとその部下たちと共に険しい表情で仁王立ちしていた。


「親父……」


 それは今まで見たことのない形相だった。思わずレオナルドは怯み、一歩、二歩と後退ったが、そんな彼の左頬をユーグは殴った。


「いきなり何するんだよ!」


「この大バカ者が!アリアちゃんを裏切りおって!」


「え……?」


 ユーグの言葉に、殴られてカッとなった頭が急速に冷えていき、そして、レオナルドは冷えすぎて真っ青になった。


「も、もしかして……」


「ああ。おまえがそこの女と乳繰り合っていたことはすでに露見したぞ!あれほど浮気はするなよと言ったのに……」


 ユーグは悔しさを滲ませながらそう言った。そして、これから王宮へ連行すると。


「ア、アリアは……怒ってる?」


 かつての勇者の末路を思い出したのか、レオナルドは恐る恐る訊ねた。しかし、その言葉はユーグの怒りの炎に油を注ぐこととなった。もう一発頬を殴られた。


「おまえはぁ!……この期に及んで自分の事しか考えないのか!……アリアちゃんは……アリアちゃんはな……おまえのせいで倒れたよ……」


「え……?」


 先程までの形相を一変させて、ユーグは悲しそうにレオナルドに告げた。彼がアリアから離れている間に何があったのかを。


「最近、具合が悪いようには思っていたんだが、いきなり倒れて……今は意識不明の重体だ」


「い……意識不明……?」


 レオナルドは父の言葉に呆然とした。信じられない、どうしてそんなことになるのかと思いながら。


「とにかく、王宮へ……」


 夢遊病者のように呟きながら、レオナルドはユーグが止める間もなく、転移魔法を唱えてこの場から消えた。ユーグはため息をつき、「仕方ない」と言って、この場にいるセザール大使に後始末を依頼すると、後を追うようにこの場からいなくなった。


 あとには、カミラを残して……。


「さて……カミラさん」


「はい……」


 最早、言い逃れはできない。カミラは観念した。


「馬鹿だね。折角助かった命を粗末にするなんて……」


 セザールの言葉に、カミラは項垂れた。そして、気づく。自分がとても危ない場所で火遊びをしていたことに。


「追って沙汰が出るまで、監視下に置かさせていただきますよ。まあ……心配しなくても、そんなに長くお待たせすることはないかと思いますので」


 それは即ち、左程の時間を要すことなく死刑が執行されることを意味していた。そのことに思い至り、カミラは青ざめてその場に崩れ落ちた。

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