第246話 大賢者は、息子の不義を知る

「これは一体何事ですか!?」


 転移した先で、驚いたような声が聞こえて振り返ると、そこにはハラボー伯爵がいた。部下たちといつもは無人のこの会議室でなにかを相談していようだが、異変に気付いて血相を変えている。


「アリアちゃんが……王太子殿下が倒れて……」


「なんですと!?」


 ユーグの言葉にハラボーはユーグの腕の中でぐったりとしているアリアを見て、事の重大性を悟った。そして、傍に居た者たちに典医を連れてくるように大声で命じた。その甲斐あってか、それから間もなく、女性の典医はやってきた。


「こ、これは……」


「とにかく、診て欲しい。最近様子がおかしかったんだ。もしかしたら、何かまずい病気になっているということも……」


「わ、わかりました。直ちに診察をさせていただきます」


 彼女はそう言って、アリアを一先ず会議テーブルの上に寝かせた。そして、これから診察に入ろうかとするところで、心配そうに見つめるユーグとハラボーに告げる。


「あの……男性の方は、ご遠慮ください」


「「えっ!?」」


 それはどういうことかと、二人は顔を見合わせて不思議そうにしたが……


「アリア王太子殿下は、うら若き女性ですので……」


 女医からそう告げられて、ようやく意味を理解する。診察するためには、衣服の中を確認しなければならない。


「こ、これは気づかず、ご無礼を……」


 ハラボー伯爵は慌てて部屋から退散した。もちろん、ユーグも同行する。そして、二人が部屋の外に出たところで、扉は閉じられた。


「……それで、一体何かあったのですか?」


 中の様子を窺い知ることはできずに、廊下の外で結果を待つことになったハラボーは、持て余した時間の中でユーグに事情を訊ねた。


「実は……」


 ユーグは正直にここの所のアリアの様子を伝えた。レオナルドと上手く行っていないことも含めて。そして、今日も彼はアリアとは別行動でどこかに行っていることも。


「やはり……そうでしたか……」


「やはり?」


 ハラボーが全く驚かずに、むしろ予測していたようなことを言ったため、ユーグは訝しく思ってどういうことかと訊ね直した。すると、ハラボーは懐から数枚の写真を見せた。


「これは……」


 1枚、2枚、3枚と捲るにつれて、ユーグの顔が青さを増していく。そこには、息子レオナルドが見知らぬ女と体を重ねている姿が写っていた。


「あの……何かの間違い……ではないですよね?」


「ええ、残念ながら」


 ハラボーは、縋るように否定して欲しいようにしているユーグに、残酷にも真実を告げた。エデンの駐在大使であるセザールからの報告をそのままに。


「……相手は、エデンのカミラという女です。元々は、勇者の恋人だった……」


 その名前にはユーグは心当たりがあった。確か、産んだ赤子と共に牢に入れられていたのをアリアの命令で釈放させたと。


「恩を仇で返されたわけですか……」


「どうやら、そのようですな……」


 ユーグも、そしてハラボーも、ため息をついた。こんなことになるのであれば、あと腐れなく、きちんと殺しておくべきだったのだと思って。


「ですが、時計の針を戻すことはできませんし、やってしまったことをなかったことにはできません。そのうえで、我々は考えなければならないでしょう。これからどうするかを……」


 特に肝心のアリアがこうなってしまった以上、周りが果たさなければならない役割は大きいとハラボーは言った。これには、ユーグも頷く。


「同感ですな。差し当たっては、うちの愚息を絞めるところから始めさせていただきたく……」


「承知しました。わたしの方は、王妃陛下に事後のことを相談させていただきます」


 そして、「場合によっては、婚約はなかったことになることも覚悟してください」というハラボーに、ユーグは忸怩たる思いで、「仕方がないでしょう」と理解を示した。アリアとレオナルドの間に生まれた孫を見たかったなと、残念に思いながら。


「あと、カミラの居所については、エデンに駐在するセザール大使に聞けば教えてくれるでしょう」


 そう言って、懐からメモを取り出すと、一筆認めてくれた。そこには、カミラの居場所を教えるようにと書かれていて、末尾には彼のサインが記されていた。これで、大使館は協力してくれるはずだとハラボーは言った。


「ありがとうございます。では、早速……」


 ユーグはそのままエデンに転移した。この後のことを考えれば憂鬱になるが、とにかく会ったらまず殴ろうと心に決めて。

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