第244話 駐在大使は、不倫現場の証拠を押さえる
「は?」
エデン駐在大使のオーギュスト・セザールは、その報告に理解が追い付かずに呆けた声を零した。
アリア王太子殿下の婚約者である、レオナルド・アンベール氏の不倫——。
正確には、まだ結婚していないのだから、不倫ではないのだが、少なくとも先日、カミラの所在を訪ねてきた彼に対して、セザールは王配殿下という認識で対応したのだから、彼らの認識ではそうなるのかもしれない。が……
「いやいや、どうしてそうなるんだ?確か、レオナルド殿は大賢者ユーグ殿の御子息とはいえ、平民だろ?それが運よく王太子殿下のお相手となったのに、なぜそんなことになるんだ?」
そんな認識のずれなど些細な問題で、セザールはあり得ない話だと言って、部下であるダグラス中尉に何かの間違いではないかと訊き返した。しかし……
「それが、どうやら間違いではなさそうで……。あの日、念のために秘密裏につけた護衛からは、家の中から喘ぎ声が聞こえたという報告もあり、実は、今日もお見えになられているという知らせも監視している者から届いており……」
「なんだと!?」
その報告に、ついにセザールも疑念を抱いた。先日、ここにやってきたレオナルドからは、勇者の遺骨を届けに来たとだけしか聞いておらず、今日の訪問の意図は理解できない。すでに、目的は達成した以上、忙しい身の上でこのような地の果てに来る必要などないからだ。
「ま、まずいぞ!このままだと管理責任を問われて……」
セザールは青ざめた。
王太子であるアリア王女は、とても苛烈なお方だと聞いている。浮気したレオナルドは当然罰せられるだろうが、それを許した大使にも責任があると言われるのは明白だからだ。なぜなら、本来つけるべき随行人をレオナルドが断ったことを理由に付けなかったのだ。
「……如何いたしましょうか?」
「と、とにかく、現地に向かおう。今日も来てるのだろ?」
「はい。では、馬車の用意を……」
「いや、それでは遅いから、馬だけ用意してくれ。あと、供の者は不要だ。おまえだけついてこい」
「かしこまりました」
「あ……もう、がっつかないでよ、レオ……」
「だから、その愛称を呼ぶなって言ってるだろ?いけない女だな。ほら、お仕置きをしてやろう!」
「ああ、ダメ~!」
「…………」
家の外まで聞こえてくる睦み声。確かに周囲には畑しかない何もない場所だが、その分本来は静かな場所であり、こうして30メートルは離れているというのに、その声は様子を窺うセザールの耳にも聞こえてくる。最も、安普請のため、壁が薄いということもあるが、それ以前に……。
「どうします?踏み込みますか?」
ダグラスは腰に佩びているサーバルの柄に手を置いて、セザールに決断を迫った。
「いや……レオナルドは、かの『冷血夫人』を討ち取った猛者だ。踏み込めば、開き直られて我々を消しにかかるだろう。それでは、ただの犬死で何も意味をなさない」
「では?」
「本国の……そうだな、ハラボー内大臣に報告書を送ることにしよう。もうこうなってしまっては、我々の手に負えるものではない。管理不行き届きで処罰はされるかもしれないが……隠して後で王太子殿下にバレれるよりかはマシなはずだ……」
セザールは目を瞑り、迷いを絶ち切るようにして決断を告げた。ここまで積み上げてきたキャリアが、こんなことで台無しになってしまうのは無念極まりなかったが、これだけ激しく燃え上がれば、いずれバレると判断して命を守る選択をした。
(それにしても……)
こちらは南半球で、ハルシオンとは異なり2月は夏だ。それで、暑いのはわかるが、窓ぐらい閉めろよと言いたくなる。おそらく、こんな場所に人が来るとは思っておらず、開放的な気分で背徳行為をして興奮しているのだろうが……愚かなことだ。
「あと、写真も撮っておけ。窓が開いているんだ。中身はきっと丸見えだ」
「かしこまりました」
セザールの命に、ダグラスは了承の旨を伝えて、足音を立てないように家に近づいていった。そして、窓から中を覗き込み……二人が裸で絡み合う写真を何枚か撮影して戻ってきた。
「撮れたか?」
「はい。互いの顔もバッチリと。これで言い逃れはできないかと」
「よし。それじゃ、帰るぞ」
これで全ての用事が片付いたとして、セザールはダグラスに撤収を命じた。やがて、二人が去り、再びこの辺りにはレオナルドとカミラしかいなくなった。
「ねえ、レオ。やっぱり、窓は閉めた方が……」
「大丈夫だよ。誰も来やしないさ」
流石に密会も6度目になれば、大胆になるようで……まさか、証拠を押さえられているとは思わずに、レオナルドは今日もアリアを裏切っていた。いけないことをやっている背徳感に、心を燃やして……。
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