第7章 女商人は、しっぺ返しを食らう

第243話 女商人は、情緒不安定に悩む

「おめでとう!」


 教会から出てきたマルスとアンジェラを多くの人が祝福する。もちろん、その中にはアリアとレオナルドの姿もある。


「きれいね……」


 ルクレティアやハルシオンのような純白のウェディングドレスではなくて、アンジェラは出身部族の伝統衣装に身を包んでいたが、とても艶やかであり、見る者を魅了していた。


「ねえ……」


 アリアは、幸せそうな笑顔を見せるアンジェラをうらやましく思い、此間から考えていた話をレオナルドに切り出した。


「わたしたちの結婚式、いつしようか……」


「え……?」


 突然そんなことをこの場で言われるとは思っていなかったのか、レオナルドは戸惑った。そんな彼の姿を見て、アリアは口を尖らせた。


「なによ。わたしと結婚するんじゃなかったの?」


「も、もちろん、そうだよ。ただ、いきなり言われるとは思ってなかったから驚いたというか……」


 レオナルドはそう答えて……そのとき気づいた。以前なら、飛び上がって喜んでいたはずなのに、今はそんな気持ちが沸き上がらないことを。


 だが、その原因に心当たりがあるだけに、悟らすわけには行かない。


「でも、アリアは王太子なんだから、前のように俺たちだけの気持ちで進めるわけには行かないよな。こういう話は、まずマグナレーナさんに相談してから……」


「もういいわ!」


 煮え切らないレオナルドの態度に、アリアは苛立ち一方的に話を打ち切った。その姿にレオナルドは少し苛立ったが、正直、この話を今したくなかったこともあってそれ以上は追及することはしなかった。


 式はつつがなく終了した。





「……それは確かにおかしいわね」


「でしょ!きっと、カミラって女と浮気してるんだわ!」


 瞳から大粒の涙を流しながら、アリアはイザベラに悩みを打ち明けていた。結婚式が終わった後の無人となった教会で。ちなみに、レオナルドは式の後、用事があると言って出かけてしまい……ここにはいない。


「でも、そこまで感づいてるんだったら、何で直接問い詰めないの?」


 自分だったらそうやって、もし事実ならギタンギタンのボッコボコにして、アレもちょん切る。そして、今までのアリアだったら、こんな所に相談に来る前に、自分の判断でそれと同等の報復を実行していたはずだ。少なくとも、イザベラはそのようにアリアを認識していた。それなのに……。


「だって……もし、本当の話で……それで、レオがその人を選んじゃったら……」


 そこまで言って、どうやら別れを告げられる日の光景が頭の中に浮かんだらしく、アリアは大きな声を出して泣き出した。それは明らかにイザベラが知る彼女の姿ではない。


(もう……どうしたらいいのよ……)


 ただ、だからといってこれまでの恩義もあり、冷たく放置するわけにはいかずに、イザベラは優しく彼女の背中を擦りながら、「神様、何とかして下さい」と願った。もちろん、神は何もしてはくれなかったが、脳裏に天啓のようなものが浮かんだ。


「いっそのこと、王妃様に相談してみては?」


「マグナレーナ・ママに?どうして?」


 少し泣き止んで、アリアはイザベラの言葉の意味が掴めず、問い直した。すると、彼女は言う。


「だって、あなたのお父様は、王妃様がいるのにあなたのお母さまと浮気して、あなたを儲けたのでしょ?だったら、浮気されたときにどうすればいいか知ってるんじゃないかな?」


「……あんた、何気に酷いこと言うのね……」


 涙を袖で拭いながら、アリアは非難するようにイザベラに言った。ただ、少し気がまぎれたのだろう。先程と比べればいつもの顔に近づいていた。


「それにしても、最近どうしたの?今までのあなたとはまるで別人のような……ってもしかして?」


「もしかして?」


「双子の妹さんと入れ替わってたりする?」


 イザベラは、冗談めかしく言った。アリアは笑って、「そんなわけないでしょ」と返した。


「でも……確かにおかしいのよね、最近……」


 アリアはそんなイザベラの言葉に思い当たり、正直に心の内を吐露した。


「どうも……感情の起伏が激しくてね。自分ではわかってるのよ。我慢しなくっちゃってね。でも、なぜかできないというか……」


 そして、自分でもどうしていいのかわからないと言った。ただ、イザベラはその現象に思い当たった。


(もしかして……妊娠してるんじゃ……)


 医者ではないので確信は持てなかったが、自分の経験からそうではないかと思った。


「あの……アリアさん。王妃様に相談するときは、そのことも話した方がいいわよ」


 ただ、アリアは自分とは異なり、多くのモノを背負っている。今、迂闊にそのことを言うのが正しいとは必ずしも言い切れない。イザベラはそう判断して、余計なことは言わないように気を配って進言した。


「わかったわ。時間が取れたらそうしてみる」


 アリアは少しスッキリしたのか、笑顔でそう答えた。

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