第242話 新魔王は、父の毒殺により即位する

「殿下、お急ぎください。宰相閣下からの密使の話では、御父君は……」


「わかってる」


 ここはハルシオンなど、人族が住まう国々から遥か南方に離れた大陸にある魔王城の中。その廊下を王子であるアウグストは、早足で駆け抜ける。


『魔王アレクサンドロス陛下、危篤』


 宰相からの密使は、その原因は毒であると言った。しかも、解毒魔法が効かないようで、特殊なモノが使われたと推測されるということだった。それなら、助かる可能性は限りなく低く……アウグストの気持ちを焦らせた。


「父上!」


 しかし、どうやら間に合わなかったようで、寝室に入った時、すでに息絶えた父親が寝台に横たわっているのを目にした。


「殿下、魔王陛下は……」


 宰相であるタトコフが言い辛そうにして報告した。すなわち、魔王アレクサンドロスは崩御したと。


「そうか……」


 間に合わなかったかと、アウグストは理解してただ一言だけ声を漏らした。もちろん、父親の死が悲しくないわけではなかったが、それよりも今から自分の身の上に起こるであろう事を考えれば、あまり終わったことに時間を割く余裕はない。


「あの女の仕業か?」


 アウグストは簡潔にタトコフに訊ねると、「おそらくは」という答えが返ってきた。すると、アウグストの口角が上がった。今はそれで十分だと。


「葬儀は手筈通りに。後妻と弟、それを担ぐ反逆者どもについても同様に」


 アウグストは何の感情の色を見せることなく、淡々とそう告げた。タトコフは一言、「御意」とだけ告げて、この場から立ち去った。


「父上……。想いは必ず引き継ぎます」


 側付きのアンドリューを従えて、アウグストは新魔王として、先代に誓いを立てる。すなわち、人族との融和だ。


「そのためには、反対派に担がれた義母と弟を討たなければなりません。どうかわたしをお見守りください」


 アウグストは亡き父にそう告げて、頭を下げた。


 もちろん、迷いはある。義母はともかくとして、幼い弟に対して恨みなどは一切ないのだ。だが、躊躇えば殺されるのは自分なのだ。そして、それは父がやろうとしていたことを無に帰すことに繋がる……。


「殿下……そろそろ」


「ああ、わかっている」


 時間にして5分と少々。頭を下げながら、こみ上げてくる様々な思いに思考を巡らせていたアウグストだったが、アンドリューの声にそれらを一切断ち切った。


「さあ、いくぞ」


「御意!」


 アウグストは踵を返して部屋を出た。もう迷わない。人族との主戦論を唱える時代遅れの者たち共々、義母と弟を殺しに行く。





「アウグストっ!これは一体何の真似なのよ!」


 アウグストが後宮の義母の部屋に入った時、すでに二人は縄で縛られていた。


「兄上……痛いです」


 暴れたせいか、きつく縄で縛られた弟ヨーゼフが涙目で訴えてくるが、アウグストは気持ちに蓋をして取り合わない。


「答えなさい!アウグストっ!」


 しかし、そんな態度が気に食わなかったのか、義母であるエリザベータは、甲高い声でアウグストを問い詰めた。だから、アウグストは言ってやる。「おまえが父に毒を盛ったからこうした」と。


「え……一体何のことよ……」


 エリザベータは本当に知らないのか、半ば放心するように言葉を漏らした。その姿に、アウグストも彼女は何も知らなかった可能性に気がつくが、魔族を一つにまとめるためにあえて無視をする。


「……あなたの侍女であるマリーカが白状したそうです」


 宰相からの密使はそう言っていた。真実はどうであれ、それで十分なのだ。その他の事実などは必要ではない。


「わたしは知らないわ!陛下は?このことを陛下はご存じなの!?」


「父上は……すでに崩御されました」


「え……?」


 その事実を聞かされて、エリザベータは完全に放心して声を零した。そして、悟る。この茶番劇から逃れるすべはないことに。


「せ、せめて、この子だけでも……」


 エリザベータは必死に我が子の命乞いをする。まだ8歳なのだ。命だけは助けて欲しいと。その姿にアウグストの心は動きそうになるが……


「それは……叶わぬことです」


 はっきり皆に聞こえるように宣言した。生かしておけば、後日の災いの種になりかねない。このあと、弟を担ぎ上げようとした反対派の連中を可能な限り粛清することになるが、どうしても逃げきれる者はいるだろう。そんな連中に再び担がれる可能性もあるのだ。


「連れていけ!」


 だから、ただ一言、冷たく言い放ち、兵士たちが二人を中庭に連れ出すのを見送った。連れ出された後……二人は首を刎ねられる。


「兄上ぇー!」


 ヨーゼフの叫び声が聞こえた。しかし、アウグストはもう動じない。新たな魔王としてやるべきことをやる。それが、新しい時代の人柱となる二人へのせめてもの餞と信じて。

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