第241話 遊び人は、秘密を抱えた
帯びていた熱が次第に冷めていく。冷めていくにつれて……レオナルドは今のあり様に顔を青ざめていく。
(やっちまった……)
一糸まとわず隣で疲れ果てて横たわるカミラを見て、レオナルドの心の中にアベルの股間の末路が思い浮かぶ。あれと同じ目に遭うのか。そのことが脳裏に過り、叶うなら時計の針を戻したいと縋る思いで、何かないかと魔法を探す。
しかし、そんな都合のいい魔法などは存在しない。
「ああ……ホントにどうしよう……」
もう打つ手は何もない。やってしまったことをなかったことにすることはできない。進退窮まり、レオナルドは頭を抱えた。すると、声が聞こえたのだろう。
「あら?何をそんなに難しく考えているの?」
カミラが不思議そうな顔をして、レオナルドに訊ねてきた。
「カミラさん……」
「もう……今更、他人行儀よ。カミラと呼んで、レオ」
甘えた声でカミラはそう言って、レオナルドの唇にキスをした。だが、それはレオナルドの心に一層の罪悪感を植え付けた。
「頼む……レオとだけは呼ばないでくれ」
そう呼んでもいいのは、アリアだけだとレオナルドは言った。言った後で、機嫌を損ねるかと思っていると、カミラはなぜか微笑んだ。
「な、なに?」
「いやね、王女のことを愛してるんだなって思ってさ」
だったら、こんなことしちゃダメでしょとクスクス笑った。自分が誘っておいてなんだよと、レオナルドはその理不尽さに少しムッとしたが、だからといって状況が変わるわけではない。すると、カミラは「大丈夫よ」と言った。
「何が大丈夫なんだ?」
「だって、ここはハルシオンから遠く離れた異国の地なのよ。わたしたちが黙ってさえいれば、今日のことを王女が知るすべなんかないじゃない」
しかも、この家の周辺は畑ばかりで、人家もまばら。一番近い家までも1キロ以上は離れていることもあり、先程までの喘ぎ声を誰かに聞かれたということすら考えづらい。
「あとは、あなたさえ王女に喋らなければ、今日の秘密は守られるわ」
だから堂々と家に帰りなさいと、カミラは年上の女性として忠告した。こういう浮気話は、当人の罪悪感に端を発する挙動不審から発覚するものだと。
「経験から言ってるのよ?昔、アベルが王女と浮気して帰ってきた時、それでこっちは気がついたんだからね」
カミラとしても、浮気がバレていい話など一つもないのだ。もし、アリアが本気で怒れば、親子ともども殺されることは確実だ。ゆえに、これは真面目な助言だった。そして、時刻は現在午後6時。これ以上長居させては、誤魔化しきれるか定かではない。
「さあ、わかったなら、サッサと帰ってくれる?」
カミラはそう言うと、もうおしまいと言わんばかりに立ち上がって、服を着始める。その姿は色っぽく、再びレオナルドの心に火が灯りかけるが……
「ダメよ」
胸元に伸ばされた手を今度はピシャリと叩いて、彼女は明確に拒絶の意思を示した。そのため、レオナルドは渋々服を着始めて帰り支度を始めた。
「あ……そうそう」
そのとき、カミラは何かを思い出したのか、そんなレオナルドにさらに忠告を加えた。
「消臭の魔法をかけなさいよ。じゃないと、匂いでバレるわよ」
あっと言わんばかりにレオナルドはその指摘の正しさを悟り、消臭魔法で体中についたカミラの匂いを消した。そして、いよいよ準備が完了し、別れの時が来た。
「いい?何度も言うけど、絶対にいつものように過ごしなさいよ」
「わかったよ。あと……また来てもいいかな?」
急にさばさばとした態度を示されたせいか、レオナルドは不安そうに訊ねた。建前としては、勇者との約束を果たすためだが……もちろん、本音はそんなわけではない。
「もちろんよ」
カミラは少し顔を赤らめながら笑顔でそう答えた。当然、レオナルドの真意を理解した上で。
「じゃあ、また」
「バイバイ」
二人は簡単に別れのあいさつを交わし、レオナルドは転移魔法でオランジバークへ、カミラはそれを見送った。
「あら?遅かったのね」
戻ったレオナルドがいつものように自室に転移すると、そこにはアリアがいた。
「ああ、少し話し込んでてね……」
少し話し込むどころではなかったのだが……レオナルドはカミラの忠告に従って、本当の話を億尾にも出さないように気を付ける。
「そう……」
そんなレオナルドの様子をアリアがどう思ったのかはわからない。ただ一言だけ彼女は言ったのみで、それ以上のことは追及しなかった。
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