第240話 勇者の元カノは、王女に復讐を遂げる

 アベルが死んだ——。


 その言葉に、カミラの心は動揺した。心のどこかで覚悟はしていたが、いざこうしてその知らせを受け取ると、落ち着いていられるはずがなかった。自然に瞳から涙が溢れて頬を伝った。


「わざわざ、遠い所なのに……ありがとうございます」


 ただ、だからと言って、この知らせを遥かハルシオンから伝えに来てくれたレオナルドという男に感情をぶつけるわけには行かない。しかも、遺骨まで持参してくれているのだ。ゆえに、カミラは感謝の気持ちを素直に述べた。


「アベルとは、敵でしたが……彼から、ご子息のことを託されました。もし、望むなら俺の弟子にして欲しいと。もちろん、望めばです。カミラさんのお気持ちもあるかと思いますので……」


 レオナルドは、アベルから託された言葉をそのままカミラに伝えた。その言葉一つ一つが彼女の心を温かくする。最後はあんな形で別れることになったが、それからも大事に想われていたことに思いを馳せて。


 だが、一方でカミラは次第に不安を感じ始めていた。


 ハルシオン王国の駐エデン大使であるセザールからは、王女の命によって生活を保障する旨は伝えられてはいるが、こうして勇者が死んで目的を達成した以上、自分たちは『人質』足りえなくなったのだ。


 そうなると、最早自分たちはハルシオン王国にとってはどうでもいい存在であり、この先援助が途絶える可能性もある。そのことに思い至り、カミラは不安を感じた。


(それならば……)


 目の前にいる男の愛人になるのはどうだろうか。


 聞けば、このレオナルドという男は、あの王女の婚約者だという。つまりは、未来の王配殿下だ。しかも、スキルで彼のステータスを見たところ、とても優秀で例え浮気がバレたとしても、王国が彼を手放すとは思えない。


 カミラは決断した。この男を王女から寝取って、未来の安寧を繋ぎとめようと。無論、そうすることは、恋人を死に追いやったあの女への復讐にもなる。


「……あの、息子に会っていただけないでしょうか」


「もちろんです!」


 アリアと知り合う前は女性経験が豊富であったレオナルドではあったが、まさかこの状態でカミラに誘惑されているとは気づくことなく、そこに赤子がいると言われて、不用意にも彼女の寝室へ足を踏み入れた。


「名前は?」


「ランスといいます……」


 ベビーベッドの側で眠っている赤子を見つめるレオナルドに、カミラは息子の名を告げた。


「かわいいですね」


 レオナルドは何気なく赤子の小さな手を触ろうとした。そのとき、突然、カミラが後ろから抱き着いてきた。


「ちょ、ちょっと!何を……」


「しっ!ランスが起きるので、どうかそのままで……」


 あまりのことに驚いて声を上げるレオナルドに、カミラは構うことなく、顔をその背中に預けて離そうとはしない。


 事ここに至り、レオナルドはようやく彼女が自分を誘惑していることに気づくが、アリアにはないビックサイズの柔らかい二つの双丘を持っているようで、背中越しに伝わるその弾力が彼の心を揺さぶった。


「あ、あの……俺、恋人がいるんですよ?」


「だから?」


「だから……って……」


 鼻をつく大人の女性の香りと耳元に吹きかけられる甘い吐息。アベルの助命を巡る一件以来、少し気まずさもあって、アリアとの間ではそういうことをしていないレオナルドにとっては、強烈な刺激だった。


(ダメだ……ここで誘惑に負けたら……潰される)


 アベルの股間の末路を思い出して、レオナルドはひたすら我慢しようとする。手を出せば破滅だと念じながら。


「カ、カミラさん。流石に俺たち初対面だし……それにあなたはアベルの……」


「……わかってる。でも……だから、忘れさせて欲しいの。お願い。今日だけでいいから……」


 カミラは力ない声で囁いた。泣いているのか、時折鼻をすする音も聞こえる。それは妙に色っぽく……レオナルドの我慢の壁を突き崩す一手となった。


「カミラさん!」


 ついに、レオナルドは我慢しきれずに、彼女の方を振り向くと、そのまま唇を重ねた。


「う、ぐん……」


 久しぶりということもあり、また、いけないことをしているという自覚もあってか、レオナルドの舌は激しく彼女の口を蹂躙した。


「もう……激しいんだから。でも、あの人より上手ね」


 ようやく唇を離してくれたレオナルドに、カミラは頬を染めて言った。その一言が、レオナルドの心をさらに燃やして……そのまま、彼女をベッドに押し倒した。


 他人の女を奪う——。この背徳感がレオナルドを突き進ませた。


 もうこうなっては止まらない。二人はそのまま生まれたままの姿になって、何度も何度も激しく体を重ねた。


(ふふふ、ざまあみろ!)


 逞しいレオナルドにその身体を委ねながら、カミラは自分たちをこんな目に合わせた王女の事を思い、ささやかながらも復讐を遂げられたことに心を満たした。


 もちろん、アベルへの罪悪感は感じている。だが、彼への想いはすでに過去の物であり、これから息子共々生きていかなければならない彼女にとっては、左程重要なことではなかったのだった。

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