第238話 遊び人は、死に往く勇者と約束する

「……賢者の息子と聞いていたから賢いと思っていたが、意外におまえって馬鹿なんだな」


 牢の柵越しにバツが悪そうに座るレオナルドを見て、アベルはため息をついて言った。何でも、アリアと口論してこの場所に来たという。しかも、その原因が自分の助命というのだから、呆れる限りだ。


「馬鹿とはなんだよ。激痛で藻掻き苦しんでいるおまえに治癒魔法をかけてやった恩を忘れたのか?」


「頼んでもいないのに、恩着せがましく言うなよ。それに、礼は昨日言っただろ?それでおしまいだ。大体、なぜおまえが俺の助命をしようとする。今はこうして話しているが、敵対してたんだぜ?」


 清々しい位に一方的にやられたけどなと、アベルは心の中では付け足した。そして、憐れみは受けたくないという感情が沸き上がる。敗者は敗者として裁かれるべきだと。


「わかってる。アリアの言うように、おまえを助けることは新たな問題を生むことやおまえ自身もそれを望んでいないっていうことはな。だが……俺自身が後ろめたく感じてるんだ。だから、借りを返したいというか……」


「借り?」


 一体何のことだと、アベルは怪訝な表情を浮かべて問い返した。すると、レオナルドは答えた。


「あの朝……おまえらがオランジバークから旅立つとき、机の上に手紙残しただろ」


「ああ。流石に何も言わずに去るのは可哀想だと思ってな。それがどうかしたのか?」


「実は……あれ、アリアが見る前に燃やしたんだ」


「えっ!?」


 とても申し訳なさそうにするレオナルドに、アベルは驚きの声を上げた。何でも、あのときは一目ぼれした彼女の気持ちを引き寄せようと必死だったとかで、捨てられた恋人に未練が残らないようにしたかったと、レオナルドは言った。


(いや……そんなに深刻そうな顔をしなくてもいいんだが……)


 書いていた内容は、実の所「さよなら」の一言だけ。「もしかして、迎えに来るのでは?」と、変な希望を抱かせるのも酷な話だと考えて、捨てられたということがはっきりと理解できるようにと。つまり、アリアがあの手紙を見ることが叶ったとしても、結果は同じだったのだが……。


「もし、あの手紙をアリアが見ていたら、もしかして……おまえがここまで復讐されることもなかったんじゃないかと思って……」


 手紙に何が書かれていたのかを知る由もないレオナルドは、そう言って心の内を吐露した。


「なるほどな。それで命乞いをしてくれたのか……」


 一連の行動の謎をようやく理解して、アベルが問いかけるとレオナルドは頷いた。


(こいつ……いい奴だな……)


 アベルは素直に思った。それならばと、一つだけ図々しいと承知しつつ、お願いをすることにした。


「おまえも知ってるだろ?エデンに俺の息子がいる事を」


「ああ……だが、大丈夫だ。カミラ殿も含めて、危害を加えることがない旨、エデン国王からも言質を取っている」


 それはハルシオン国王の名で要請されていることから、もし違えれば重大な外交問題になると、レオナルドはアリアから聞いたままの言葉を伝えた。


「……ありがたいな。それだけでも本来は十分だが……それではおまえは救われないだろうから、一つ借りを返すつもりで頼まれたい」


「頼み?」


「時々でいいんだ。場合によっては数年に一度でも構わない。息子の様子を見に行ってもらいたい。……そして、もし本人が望めば、君の弟子にしてもらえないだろうか?」


 アベルは、初めてレオナルドに礼を尽くして、そうお願いした。一目と見ずにあの世に旅立つ父親として、それが唯一我が子にしてやれることだと考えて。


「わかった。任せてくれ」


 その想いを汲んで、レオナルドは快諾した。すると、アベルはこれで思い残すことはないと言わんばかりに、はぁと息を吐いたのち、柔和な表情でレオナルドに言った。


「それにしても、アリアってお姫様だったのか。あのとき、はした金に目がくらまなければ、俺、王配殿下だったのにな……」


 それは悪意のかけらもない、冗談の類のもの。それを理解してレオナルドは笑って……そして、返した。


「だが、カミラ殿の存在が分かった瞬間、まして、子供もいると分かれば……今と同じようにおまえの股間は破壊されただろうな。何せ、独占欲強いから……」


「それは言えてるな」


 つまり、結果は一緒だったというレオナルドの言葉に、アベルは船の上で愛したアリアの姿を思い起こして大笑いした。



 勇者アベルが正教会からその称号を剥奪され、能力を封じられた挙句、多くの民衆が見つめる中で王宮前広場にて斬首刑に処されたのは、それから3日後の事だった——。

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