第235話 反逆者たちは、野望の終焉を知り……
「……最早これまでか」
迫りつつある喧騒に、広間に残っていたトルネオは呟いた。ただ、その呟きを耳にする者は誰もいない。大賢者が来るまでここに集っていた者たちは、王宮に突入してきた国軍を迎え撃つためと言って、この部屋を後にしている。
最も、その大半がそのまま逐電しているだろうな、とトルネオはある程度の確信している。となれば、この部屋に兵が押し入って来るのも時間の問題だろう。
(ならば……)
もうすべきことはただ一つ。野望は潰えたのだ。トルネオは剣を抜いた。
——皇太子を擁立して、その宰相としてこの国を良くする。
「ふっ……あの殿下ならば、思うように采配を振るえると思って担ぎ上げたが……どうやら、初めから無理があったようだな……」
この国の官吏になった時に立てた誓いを思い出して、トルネオは自嘲した。
よくよく考えれば、自分ごときに操れると思われる程度の小者なのだ。あの皇太子は。
ゆえに、こうして計画が失敗に終わるのも不思議な話ではない。現に、この期に及んでも未だ後宮に行ったまま戻ってこないのだ。事態を告げる使者を出したが……「愛妾と睦み合っているから後にしてくれ」と追い返したらしい。
トルネオは一つため息をついた。愚かな夢を見たものだと。
「まあ、一つ世の中のために役に立ったと言えば、この国に名君を誕生させるための露払いができたことか。……帝国万歳!」
抜き放った剣で首筋を斬り、激しい血飛沫と共にトルネオはその場に崩れ落ちた。
「い、一体何が起こっている?」
一方、後宮にいた皇太子アフマドは……というと、未だ愛妾とともにベッドにいた。
「殿下……」
「だ、大丈夫だ。何しろ勇者もこちらについているのだ。何も恐れることなど……」
遠くから喚声が届き始めて怯える最愛の人に、アフマドはそう言って落ち着かせるが、内心では不安を抱いた。
(そういえば、先程トルネオからの使者と申す者が来ていたな……)
睦みあっている最中であったがため、しばし待つようにと言ったことを思い出して、アフマドは呼び鈴を鳴らした。しかし……
「むっ!?なぜ来ない」
何度も鳴らしているというのに、その使者はおろか使用人すら姿を見せない。仕方なくアフマドは不安そうに震える愛妾を残して部屋の外に出た。
……そこには誰も残っていなかった。
「おい!誰かある!」
アフマドは力の限り叫んだ。しかし、誰も現れる者はいなかった。
「くそっ!俺の命令が訊けないのか!?」
頭に血が上り、後宮の廊下を広間に向かって歩くアフマド。喧騒は次第に大きくなったが、怒り震える彼には届かない。
「見ろ!あそこに皇太子がいるぞ!」
「!」
広間まであと少しというところで、アフマドはこちらを指差して叫んでいる兵士を見た。
「ば、馬鹿な……これは一体どういうことだ……」
その兵士の向こうに、さらに多くの武装した兵士がいた。彼らは近衛軍の旗を掲げていた。近衛軍はアフマドの命令で宰相屋敷を取り囲んでいたはずだから、本来は味方であるはずだったが……目の前に迫ろうとする彼らは、明らかに味方とは思えない。
アフマドは狼狽えながら、元来た道を必死に走った。そして、走りながら理解した。どういう理由でそうなったかはわからないが、反乱は失敗したということを。
「リンっ!」
ようやく部屋に辿り着いたアフマドは、愛しい人の名を力一杯呼んだ。こうなったら、一緒に逃げるしかないと考えて。だが……。
「リン?」
布団をかぶってベッドで丸くなっていると思っていた彼女からは返事が返ってこなかった。
「おい、どうした……えっ!?」
布団をはぐったアフマドは、驚きのあまり固まり、言葉を失った。
なんと、そこにあるのは、愛しい人ではなくて衣類の山。どれもこれもアフマドが贈った絹製の豪華なドレスばかりだ。
「……どういうことだ?リンっ!どこにいる!」
アフマドは叫んだ。返事をしてくれと言いながら、隠れていそうなクローゼットやトイレ、浴室といった所をうろうろする。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「ははは……おまえもか。おまえまでも俺を見捨てて……」
彼女が唯一大事にしていた首飾りのみ消えていたことに気がついて、アフマドはようやく彼女が自分を見限って去って行ったことを知り、崩れ落ちた。
兵たちの足音は次第に近づいてきた。そのことはアフマドも理解した。
しかし、ここから逃げても行く場所はないのだ。最愛の人にも去られた今、彼はそのことを理解し、何もする気力も起きずにそこに座り続けた。
「皇太子アフマド殿下。皇帝陛下への反逆罪で逮捕いたします」
やがてやってきた兵士に告げられて、連行されるまでのわずかな時間をずっと……。
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