第234話 寝返り者は、かつて虐めた相手から復讐を受ける
「さて、勇者を確保したことだし、帰りますか」
失神したままの勇者の手首に『能力封じ』の手錠を嵌めこみ、アリアは一同に言った。それに対して、ユーグとレオナルドは頷くが……。
「お、お待ちください!わ、わたしはどうなるのですか!?」
ここまで随行してきたアジズが抗議の声を上げる。逃がしてくれるのではないのかと。しかし……
「何を言ってるんだ?俺は言っただろ。『この後どこに逃げようと関与しない』って。忘れたのかな?」
「し、しかし、この状態でどこに逃げろと……。まもなく、陛下の命を受けた国軍が突入してくるというのに。せ、せめて、同行を……」
アジズは冷たく言い放ったユーグにそう言うが、彼は首を左右に振った。
「悪いが……そんな約束はしてないからできないな。まあ、無事に逃れることを祈ってはやるよ」
ユーグはその一言だけ残して、この部屋から姿を消した。
「あ……」
そして、アリアもレオナルドも、捕らえた勇者と共に姿を消して、この場には情けない声を零したアジズだけが残った。
「ふ、ふざけるな!何なんだ!この仕打ちは!誰のおかげで、願いが叶ったと思ってるんだぁ!」
誰もいなくなった部屋で、アジズは地団駄を踏んで怒りをぶちまけた。しかし、誰の耳にも届くことはない。そのとき、床に散乱した金が詰まった布袋や宝飾品が目に入った。勇者アベルが持ち出そうとして阻止された物だった。
(こうなったら、せめて逃走資金が必要だな)
アジズは躊躇うことなく、それらの物に手を伸ばして部屋にあった大きな布袋に詰め込み始めた。だが、勇者と同様にこれが命取りとなる。
「おい、あそこに誰かがいるぞ!」
布袋を抱えて、一路王宮の裏門に向かっているさながら、アジズは王宮に侵入した鎮圧部隊に捕捉された。
(ま、まずい!)
アジズは必死に駆け出した。幸いなことに、連中との間には100メートルほど距離があり、部屋の中を突き抜けて行けば、すぐには追いつくはずはなかった。だが……
「!」
3つ目の部屋から出て、厨房に繋がる細い通路を進もうとしたところで、布袋が柱に引っ掛かった。
「く、くそ!」
それでもアジズはなんとか通そうと袋を力いっぱい引っ張るが、中に入っていた絵画の額縁が邪魔しているのか、通ることはできなかった。
(どうする?これ、捨てるか?)
このままじゃ逃げ切れないと悟り、アジズは決断を迫られた。
「おい、どうやら、この部屋に入ったようだぞ!」
その声はすぐ隣の部屋から聞こえてきた。もう時間はない。アジズはようやく袋を手放した。そして、細い通路を厨房に向かって走り出した。幸いなことに、通路の入口を布袋が塞いだため、兵士たちはその片付けの手間によりすぐに追いかけることができなかった。
こうして、ようやく逃げ切れるか……そう思ったアジズだったが、敵は思わぬ場所に立っていた。
「おや?これはこれは、アジズ閣下ではございませんか」
「お、おまえは……」
そこに立っていたのは、この王宮で長年料理長として働いているゴーダという男。かつて、宮中晩さん会で彼の料理を酷評したことがあり、因縁のある相手だった。
「どけ!今はおまえの文句に付き合ってる暇は……」
「ええ、わかっておりますよ。どうやら、反乱は失敗に終わったようですね」
まあ、料理人に過ぎないわたしには関係ありませんけどね、とゴーダは笑いながら言った。アジズは苛立ちを抑えきれずに言った。「それなら、そこをどけ」と、威丈高に。しかし……。
「ですから、こうしてお待ちしておりましたわけですよ。日頃より宮中にお見えになられるたびに、この通路を通って摘まみ食いしに来ていたあなたなら、きっとこの道を通ると思ってね」
ゴーダはそう言いながら、手に持っていた包丁を構えた。
「お、おい……よせって。それは、おまえの魂だろ?そんなんで俺を殺したら……」
「魂だからこれで殺るんですよ。わたしの料理にケチ付けて、あの日赤っ恥をかかしてくれた復讐を遂げるためにね!」
その目が本気であることを告げていると悟り、アジズは逃げるべく元来た道を戻ろうとして背中をゴーダに見せた。
「うぐっ!」
だが、それは悪手で、ゴーダの包丁はアジズの背中に付きたてられた。
「よくも、あのとき変な匂いがすると、言ってくれましたね!全然、腐っていないにも関わらずに!」
「ぎゃあああああああ!!!!!!!!!」
刺さった包丁を一気に引き抜かれ、アジズの口から悲鳴が漏れた。
「しかも、便所掃除で使った手袋で食器を洗ってるってデマも流してくれましたね。おかげで弁明に苦労しましたよ!」
「や……めてく……れ」
口の中に血が溢れながらも、アジズは命乞いをした。しかし、ゴーダの攻撃はやまず、何度も何度も包丁を背中に突き立てられた。
「ははは!あの日の恨み、思い知ったか!」
そして、勝利の凱歌を上げるゴーダの声を聞きながら、アジズは口から血を溢れさせながらその場に前のめりで倒れ込む。無機質な石畳の冷たさが頬を伝い、それもやがて感じなくなる中で、アジズは絶命した。
その最後に思ったものは、謀反に加担したことの後悔やユーグに騙されたことへの恨みでもなく、そして、かつてゴーダの料理を非難したことへの反省でもない。
ただ、ひとつ。ユーグに見捨てられたときに、金目のモノに目がくらまずに、一目散で逃げていればという、至極どうでもいいことだった。
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