第233話 女商人は、復讐を遂げる

「おい、いつまで遊んでるんだ?それとも、この偉大なパパの手助けがなければ、勝てないのか?」


 そのとき入口から聞こえた声に、アベルは視線を向けた。


(大賢者ユーグ・アンベール!)


 心の中でまずいと理解する。ただでさえ、この男に苦戦しているというのに、大賢者まで加勢されては勝ち目は全くない。


「馬鹿言え、糞親父。なにがパパだ。キモチワルイ。そんな馬鹿なこと言ってる暇があれば、こいつが逃げ出さないようにしっかりそこを固めておけよ!」


 しかし、目の前の男は、大賢者の加勢を止めた。その発言にアベルはホッと胸を撫で下ろす。そして、この男を倒してその向こうにある扉を脱出口に見定め、再び攻撃を加えた。だが……。


「!」


 剣撃は空を切り、ほぼ同時に背中に激痛が走ると、そのまま前方へと吹き飛ばされて床の上を転がった。


「うう……」


 アベルは激痛に耐えながら、それでも起き上がろうとするが……そんな彼の顎をレオナルドの蹴りが直撃して、今度は後ろのめりで倒されることとなった。


「言っただろ。この程度の相手、糞親父の手なんか借りなくても楽勝だってな!」


 倒れた勇者を背に、レオナルドは勝ち誇ったように言った。


(つ、強い……)


 今にも意識が途切れそうになる中で、アベルは目の前の男との実力差に愕然とした。


(……勝てない。それならば……)


 最早逃走しかない。アベルは決断して行動に移す。悟られないように無詠唱で回復魔法を唱えて体力を回復させると、指にはめていた指輪に祈る。


「なっ!?」


 そして、素早く起き上がり、驚くレオナルドの横を一気に駆け抜ける。目指すはその背後にある扉。そこから逃走を図ろうとする。だが……


 ガァーン!


「はあ……だから、おまえは未熟だって言うんだよ……」


 その言葉がレオナルドに向けられたものなのか、あるいはアベルに向けられたものなのか。しかし、逃走を図ろうとしたアベルは何もないはずの出口に弾かれて、その激突の衝撃で再び後方に飛ばされた。


「……ほう、ハヤブサの指輪ねぇ。珍しいもの持ってるじゃないか。だが、失敗したな。それを使って魔法壁に激突したんだ。しばらくは起き上がれないだろ」


 ユーグの言葉に、アベルは心の中で苦笑した。


(やはり、逃がしてはくれないか……)


 そして、観念する。指輪の力を借りて高速で駆け抜けようとして、壁に激突したのだ。骨もいくつか折れているのだろう。起き上がろうとするも激痛が走り、それすら叶わないのだから、逃走などできるはずもない。


「さて……もういいかしら?」


 そのとき、アベルに近づく一人の影。


「ア、アリア……」


 その顔はとても爽やかな笑顔で、かつて船の上でよく目にしていた顔と変わりないはずだった。しかし……アベルは恐怖する。その目が復讐の炎で燃え盛っているということに気がついて。


「あ……あれはだな……そ、そう。君を助けるためにはあれしか方法が……ぎゃあああああああ!!!!!!!!!」


 アベルは激痛のあまりに声にならない悲鳴を上げた。アベルの股間を……アリアは力いっぱい踏みつけたのだ!


「ええ、わかってるわ。あなたがあのとき請け負っていたのは、わたしの殺害。それを……わずか1万Gに目がくらみ、あなたはわたしを村長に売った。まあ、おかげでわたしは命拾いしたわけだけどっ!」


「ぎゃあああああああ!!!!!!!!!」


 アリアはさらに足に力を込めて、ぐりぐりと捩じる様にしてその股間を痛めつけると、アベルはさらに悲鳴を上げた。ちなみに、アリアの靴の裏には鉄板が入れられている。すべてはこの日のために。


「だけど、それが言い訳になると思ってるのかしら?この腐れ外道が!」


 アリアは、それはもうとても冷たい笑みを浮かべて、何度も何度も踏みつけた。その光景に、ユーグは青ざめて言葉を失っている息子に言葉を掛ける。


「なあ、バカ息子よ。絶対に浮気するなよ。じゃないと、次にああなるのはおまえだからな……」


 その言葉にレオナルドは何も返すことができず、ただ何度も頷いた。


 そのうち、アベルの口から泡が溢れだした。それでもなお攻撃を加えようとするアリアをレオナルドとユーグは二人がかりで止めることになった。これ以上見てられずに……。


「離して!せめて、もう一蹴り!」


「いやいや、流石にこれ以上は死んじゃうよ!男として終わらせたんだから、これで良しとしようよ!」


「そうだよ、もう十分だろ!いくらなんでも、かわいそうだよ!」


 ユーグとレオナルドは口々に声を上げて、彼女を無理やり失神したアベルから引き離した。こうして、アリアの復讐は彼女にとってはやや消化不良ではあるものの、無事に遂げることができたのだった。

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