第232話 勇者は、ようやくその目的を悟る
「み・つ・け・た」
「!」
地獄の底から這い出てきたような不気味な声に反応して、勇者アベルは荷造りの手を止めて振り返った。そこには、記憶の片隅に残っていた顔をした女が立っていた。
「アリア……」
アベルは自然とその名を呟いていた。彼女の名は、そう……アリア・ハンベルクといっていたことを思い出して。ただ……なぜ、彼女がここにいるのか理解が追い付かずに戸惑う。
なぜなら、アベルの中のアリアは、売られた娼館で身も心もボロボロになって、父親であるユーグに保護されたが、すでに手遅れで……今頃、どこぞの病院で廃人になっている設定だったからだ。
「お久しぶりね、アベル。会いたかったわ」
「えっ!?」
しかし、そんなアベルの心中など察することなく、アリアはかつてのように話しかけてきた。その様子にアベルは驚きつつも、脳内の設定を変更していく。
(もしかして、本当に俺のことが忘れられなくて、ここまで追いかけてきたのか?)
やがて、そのような結論に至り、アベルはその健気さに瞳を潤ませた。
「な、なによ……」
その不気味な光景にアリアがたじろぐと、アベルは言った。
「いや……そんなに愛されているとは思わなかったから、感極まったというか……」
「はあ!?」
何馬鹿なことを言ってんのよ、とアリアは憤る。そんな彼女にアベルは笑みを浮かべた。
「そんなに照れなくてもいいよ、わかってるから。……でも、残念ながらあまり時間がないんだ。ここに居たら、君のお父さんに殺されるからな」
だから、一緒に逃げようというアベル。全く意味が分からず、アリアは困惑して差し出された手から逃れるように後退った。そのとき……
「汚い手でアリアに触るんじゃねぇ!」
「レオ!」
反対方向の扉が蹴破られ、そこから現れたレオナルドがアベルに向かって風魔法を放った。
「なっ!?」
アリアに注目しすぎたせいで、アベルは反応できずに攻撃を真面に食らって吹き飛び、壁に打ち付けられた。同時に肩から掛けていた魔法カバンは引き裂かれ、中に収納していた路銀や宝物、絵画といった、逃走の資金源となる品々がぶちまけられて、床に散乱している。
だが、衣服の下に鎧をまとっていたこともあってか、アベルの体に与えたダメージは少なかったようで……
「誰だ……貴様は?」
素早く起き上がって剣を抜くと、そのままの勢いでアベルはレオナルドに肉薄して訊ねた。目の前には、大賢者であるユーグと同じような魔法壁が聳え立ち、渾身の一撃を受け止めている。
「俺か?俺は、そこにいるアリアの婚約者だ!」
レオナルドは力強くそう宣言すると、魔法壁を消して、バランスが崩れたアベルに今度は雷撃魔法をお見舞いした。
「うおっ!!」
地面をゴロがるようにして、その攻撃を間一髪のところでアベルは躱した。だが、今度は床から氷の刃が生えてきて、アベルの行く手を遮る。
「な、何なんだ!」
このアリアの婚約者を名乗る男は一体何者なのか。大賢者に勝るとも劣らない攻撃を受けながら、アベルは考える。
「あ……」
そして、床から何とか起き上がり、少し距離を取って仕切り直そうとしたところで、アベルは思い出した。かつて、オランジバークを去る際に、アリアへの伝言を頼んだ村長の息子の顔だということに。
「なんで、遊び人のおまえがこんなところにいる!」
アベルは聖剣を抜き放つと、再び駆け出し、魔力を込めてレオナルドを攻撃した。
「だから、婚約者だと言っただろが!」
一方、その攻撃をレオナルドは魔法壁ではなく、今度はアベルに合わせるように腰に下げていた剣でこれを受け止めた。
「……もしかして、おまえ、俺がいなくなった後、口説いたのか?」
「それが何か悪いのか!」
「いや……悪くないわ。なるほど……大体、理解できてきたわ」
鍔迫り合いをする中で、アベルとレオナルドの間で交わされた会話。その時間は1分にも満たないものであったが、アベルにとってはアリアの目的を悟るには十分な時間だった。
(要するに、置き去りにした復讐を遂げに来たのだな……)
村長の息子の婚約者になったということは、アリアは娼婦に落ちることなく、その庇護を受けたということだ。そして、その生活は結果的には彼女に幸福をもたらしたのだろう。生き生きとしている彼女の先程の顔を見て、アベルは断じた。
しかし、そんな幸せな生活を送っているにもかかわらず、現実には彼女は目の前にいる。それならば、ここに現れた理由は、即ち、あのとき酷い仕打ちをした自分への復讐だろう。
(あるいは、復讐を果たすことで、自分なりのけじめをつけるということか?)
アベルは一旦後ろに飛んでレオナルドとの間合いを取ると、アリアを見た。
ギロリ!
その視線に気づいたアリアは、力の限りアベルを睨む。
(ははは……これは相当嫌われているな……)
再び迫るレオナルドの攻撃を聖剣で弾き飛ばしながら、アベルは自分の推測が正しいことを悟った。そして、覚悟する。あとでビンタの一つくらいは受けてやらねばと。
……もちろん、そんな程度で済むはずはないのだが。
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