第231話 首謀者は、事が潰えたことを悟る

「おや、アジズ殿。如何なされました?」


 西の塔にいると思っていたアジズの姿を見て、トルネオは訝しんで言葉を投げかけた。しかし、彼は何か言い辛そうにするものの、何も話そうとはしなかった。益々怪しく感じたトルネオは、部下に目配せした。もしや、この後のことを考えて、自分たちを粛清しようとしているのではないかと考えて。


「あなたたちに訊ねるわ。あの糞勇者はどこに行ったの?」


 そのとき、アジズの背後に立つフードを被る男——いや、声からすると女のようだが、その者が突然そのようなことを言いだした。理解が追い付かず、トルネオは「どういうことだ」とアジズを見て説明を求めた。すると、彼はようやく言った。「この方は、ハルシオンの王太子殿下だ」と。


「は?」


 トルネオは今何を言われたのか正しく理解できず、声を漏らした。思わず左右を固める部下を見るが、彼らも戸惑い狼狽えながらこちらを見ている。役に立ちそうにない。


「……アジズ殿。今、何と仰られました?」


 ゆえに、トルネオは改めて訊き返した。何かの聞き間違えではないかと思って。そもそも、遠い異国であるハルシオンの、しかも王太子のような重要人物がいるわけない。そう信じたくて。


「ごめんなさいね。残念ながら本物よ」


 しかし、トルネオの願いも虚しく、女はフードを取り、「アリア・ハルシオン」と名乗りを上げた。その瞬間、部下の一人が驚いたように大きな声を上げた。


 どうしたのかと思っていると、彼は言う。「このお方は本物です」と。その言葉に、この者が外務省で異大陸の情報を集める担当職にあったということをトルネオは思い出して、事実であることを知った。


(なんで、そんな大物がこんなところにいるんだ!?)


 しかも、この王宮は自分で言うのもあれだが、クーデター真っ只中の危険地帯だ。命は惜しくないのかと。ただ、そう思いながらも、合点がいった。どうしてこのタイミングで大賢者が帝都にいたのかということに。


「……となれば、そちらのフードを被られている方は、大賢者殿ですかな?」


「ああ、そうだよ」


 よく見抜いたなと笑いながら、ユーグはフードを脱いだ。この場には15年前の記憶を持つ者もいて、その者らを起点に広間にはざわめきが広がっていく。だが、トルネオは一方で冷静さを取り戻した。


 ハルシオンの王太子と護衛の大賢者。それならば、目的はクーデターの鎮圧ではなく、勇者の身柄確保だろうと推測して。


「それで、今日はどのようなご用件で」


 トルネオは臆することなく堂々と、一行を代表するように立つアリアに訊ねた。


「決まってるでしょ。あの糞勇者がここにいると聞いたから、身柄を引き取りに来たのよ」


 さも当然のごとく言い放つアリアの言葉に、トルネオは推測が正しかったことを知り、内心ホッとした。無論、隠す必要はない。


「勇者アベルは、先程までここにいたのですが……すでに逃走しました。ただ、つい先程の事だったので、もしかしたらまだ部屋にいるかもしれませんが」


「部屋?それはどこなの!」


 さっさと教えなさいというアリアに、トルネオは部下の一人に案内するように命じた。すると、アリアは獰猛な笑みを浮かべて言った。


「ふふふ……ようやく……ようやく、この時が来た」


 その地獄の底から聞こえてきたような声に、トルネオもその部下たちもゾゾっと背筋に冷たいものを感じた。そして、思う。これ以上、関わり合いを持ってはダメだと。


「そ、それでは、ダリボル君。ご案内差し上げて」


「か、かしこまりました」


 ダリボルと呼ばれたその部下は、「ささ、どうぞこちらです」と丁重に一行を先導してこの部屋を出た。嫌な役目だと思いつつも、間違っても怒りを買わないようにしながら。


 しかし、部屋を出ようとしたユーグが突然足を止めて、振り返った。


「如何なさいましたか?大賢者殿」


「ああ、一つ伝えておこうと思ってな。こうして正直に言ってくれたお礼に」


「お礼?」


 何の事だろうと怪訝な表情を浮かべるトルネオ。そんな彼にユーグは告げた。


「実はな、ここに来る途中で皇帝陛下は救出しているから、万にひとつもこのクーデターは成功することはないぞ。逃げるのなら、早くな」


「えっ!?」


 驚いて思わず声を上げて……トルネオはようやく気付いた。なぜ、西の塔で皇帝を監視していたはずのアジズが一行を先導していたのかということに。


「御忠告、ありがとうございます……」


 トルネオは動揺する気持ちを押さえながら、ユーグに返した。彼は笑みを浮かべながら、アリアたちの後を追い、広間から去って行った。当然のことながら、ほぼ同時に周囲に動揺が走る。


「おい……今の話が本当なら……」


「ああ。俺たちは逆賊に……」


 周りから聞こえてくる囁き声に、トルネオは情けないと心の中でため息をついた。反乱を起こしたのだから、そうなることも当然考えておくべきで、今更何を狼狽えているのだろうと。


(それに……大賢者殿は逃げろと言ったが、あの皇女が逃がしてくれるとは到底思えないわけで……)


 ならば、最後まで戦い続けるしかないのだ。


「狼狽えるな!敵の虚言だ。惑わされるな!」


 ゆえに、こうして心にもないことを言ってでも部下を繋ぎ留めなければならない。


(まあ、それでも……)


 見れば、このわずかな間に一人二人、姿を消していた。時間が経てば、もっと離脱者は増えるだろう。その流れは、今のような多少の強気な発言程度では止めることもできないのは事実で……。


 詰まるところ、最早これまでと悟るトルネオであった。

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