第228話 遊び人は、罠に嵌められる

「……ああ、だりいな。あの糞親父め……」


 夜も深くなった午前1時過ぎ。宰相屋敷でアリアたちが見守る中、いよいよレオナルドは皇帝が囚われているという西の塔に向けて出発しようとしていた。……とても、不満そうにしながら。


「もう、レオ。そんな顔しないの。失敗したらどうするの?」


 アリアはそう言って心配そうに言葉を掛ける。何しろ、塔へはたった一人で行くのだ。彼の強さはもちろん知っているが、不安がないわけじゃない。しかし、そんな彼女を安心させようとレオナルドは言った。


「大丈夫。俺、失敗しないんで」


「…………」


 そのアリアの凍てつくような冷たい視線に、レオナルドは自らの発言が滑ったことを悟った。そして、この場にいたサーシャ皇女もエトホルド宰相も何とも言えないような顔でこちらを見ているだけで何も言わない。


「そ、それじゃ、そろそろ行ってくるわ……」


 ついに居た堪れなくなったのか、レオナルドはそう一言だけ告げると、空に飛翔した。そして、そのまま西の暗闇に吸い込まれるように姿を消した。


「大丈夫なんでしょうか……」


 先程までの緊張感のないやり取りに不安を覚えたのか、サーシャはアリアに訊ねる。しかし、彼女は笑みを浮かべて言った。「大丈夫よ」と。





 王宮の西の塔は、宰相屋敷から直線距離で徒歩約10分というところにあり、飛行魔法を使えばあっという間に到着した。


 レオナルドは誰に見咎めらえることなく、塔の窓を【解錠魔法】で開けることに成功すると、そのまま体を塔の中に滑り込ませた。そして、足音や仕草によって発する音を聞かれないように【遮音魔法】を、姿を見られないように【透明化魔法】を自分の体にかける。


(よし、これで大丈夫だな)


 声は遮音できないため、発声しないように注意してレオナルドは心の中で呟くと、そのまま階段を下に下る。普通なら、この上にある最上階の部屋に居そうだが、ユーグの言葉によると、それはフェイクで、実際にはこの塔の地下室にいるという。


(……ったく、それならわざわざ塔の窓から入らなくてもよくないか)


 レオナルドは心の中で悪態づいた。地上から塔の扉を開けて、そこから地下に向かった方が、効率が良いのではと。だが、長い階段を下りて、1階部分に着いたレオナルドが見たモノ、それは扉の裏に仕掛けられた無数の罠と、待ち構えている兵士の姿だった。


(まあ、あの程度の敵なら負ける気はしないが……)


 それでも、騒ぎは起こり、とてもじゃないが皇帝救出は叶わなくなったであろう。そう思えば、なぜユーグが塔の窓から入ることを勧めたのか、レオナルドは理解した。


 その後、レオナルドは兵士たちが殺気立ち待ち構えていた1階部分を過ぎて、地下へと階段を下りて行く。そこは、ジメジメとしたカビ臭い空間であり、とてもじゃないが囚われの身とはいえ、皇帝がいる場所には不釣り合いな場所だった。


(ひどいな……)


 目的の地下2階部分に到着した時、レオナルドは確信した。皇太子は父親である皇帝を亡き者にしようと考えていることを。


(親子だろうが!何でこんなひどいことができる!)


 牢の中には、鎖に繋がれている初老の男がいた。レオナルドは急いで牢の鍵を開けて、中に飛び込むと、透明化魔法を解いて男に問いかけた。


「皇帝陛下でしょうか?」


「お、おぬしは……」


「助けに来ました。今、外します」


 レオナルドは手早く手首に架せられている手錠を外した。……が、そのとき気づいた。ユーグから聞いていた右手の甲にあるはずの痣がないことに。素早く距離を取るため、後ろに飛んだ瞬間、先程までいた場所に風の刃矢が降り注ぎ、その初老の男ごと貫いた。


「ほう……大賢者が来るかと思ったが……」


 その声にレオナルドが振り返ると、そこには身なりの立派な中年の男が立っていた。


「誰だ?てめぇは」


「貴様ごとき下っ端に名乗るほど、我が名は安くはないが、まあよい。我はアジズ・ラカント。皇太子殿下の側近にして、次期宰相であーる!」


 「頭が高いぞ平民が」と述べるアジズに、レオナルドは唖然とした。何なんだ、此奴はと思って。しかし……そうしているレオナルドは格好の的で、牢の外から矢が激しく放たれる。


「しゃらくさい!」


 レオナルドは咄嗟に防御魔法を唱えると、自身の体の前に強固な魔法壁を作る。矢はそれによって阻まれて、力なく床に転がった。


(くそ……謀られたか!)


 その有様に、目の前ではアジズは驚きの表情を浮かべて、何やら周りの者に指示を下していたが、一方でレオナルドは罠にはまったことを悟った。そして、こうなった以上、ここに留まるのは得策ではないと考えて、【転移魔法】を起動しようとした。しかし……


「あれ?どうしたんだ。何で発動しないんだ?」


 何時まで経っても目の前の風景は変わらない。何度も繰り返して呪文を唱えるが、結果は同じだ。すると、そんなレオナルドを見て、アジズがとても愉快そうに笑って言った。


「ははは!何者かは知らぬが教えてやろう。その牢の中には特殊な魔法陣が描かれていてな。起動すると魔法を使うことができないんだよ」


 そして、同時に牢の扉が閉まり、ガチャリと鍵がかけられる。無論、入るときに使った【解錠魔法】も使うことは叶わない。


(あれ?これって意外にまずいんじゃ……)


 事ここに至り、レオナルドの額から冷や汗が流れる。見れば、牢の外では再び矢が向けられている。放たれれば最早防ぐ手段はなく、非常にまずいことになるだろうなと容易く想像もつく。


 こうして、アリアの予想に反して、レオナルドはまさに絶体絶命の危機を迎えようとしていたのだった。

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