第227話 首謀者たちは、勇者を売り渡すことを決議する
「どうなっとるんだ!まだサーシャを捕えることができんのか!」
一方、そのころ王宮では、皇太子アフマドが大広間で玉座に座り、苛立ちを募らせていた。未明の襲撃は失敗に終わり、今ではサーシャを支持する諸侯らが集まりつつあるという。当然、危機感を募らせていた。
「お静まりを。すでに、宰相府を除いて主要な官庁は制圧しておりますし、何より軍は我らに従う意向を示しているのです。我らの勝ちは揺るぎません。ご安心を」
「トルネオよ。お主はそう言うがな、本当に大丈夫なのか?集まっている諸侯らはともかくとして、アベルの話では、かの大賢者がサーシャに味方しているというぞ?」
しかも、その大賢者は勇者アベルが自分では勝てないとまでいうほどの強者。アフマドは、トルネオのように楽観的にはどうしてもなれずにいる。
「まあ、大賢者殿がおられたことは誤算でしたが、所詮は外国のお方。我らがサーシャ殿下に手を出すのを諦めれば、そのまま外国に逃がすかと」
トルネオは自信を持ってそう言った。仮に軍と戦っても、大賢者はその実力で勝利を収めるかもしれない。しかし、それをすれば、この帝都は戦う術を失い、大賢者が去った後、あっという間に魔族の勢力下に飲み込まれてしまうだろう。
そして、確実に言えることだが大賢者は最後まで面倒を見ることはできない。彼の者の家は他国にあり、彼の者にも都合があるからだ。
「つまり、サーシャ皇女は、魔族によってこの帝国が滅びるよりは、と最終的に他国へ亡命するというのですな。流石はトルネオ殿ですな」
そう言いながらも、忌々し気に言うのは、今朝未明の戦闘で手痛い損害を被ることになったアジズだ。「できれば、そういうことはもっと早く言ってほしかった」と恨みがましくも付け足して。
(めんどくさい人だな。早く言ってくれも何も、訊いてこなければ、勝手にやったことじゃないか……)
トルネオは、心の中でそう思ってはため息をついた。しかし、そのアジズは未だアフマドの信を失ってはおらず、この大広間でも上位の席に座っている。妹がアフマドの寵姫であるからだ。ゆえに、思ったことをそのまま告げるわけにはいかず、そのまま引き下がった。
「……となれば、本当に大丈夫なんだな。わたしはこれで皇帝になれるのだな?」
「御意にございます」
場が再び落ち着いたところで、改めて確かめるように訊ねるアフマドに、トルネオははっきりと言い切った。あとは、皇帝を毒殺するという仕事が残っているが……そのことはあえて言うことはなかった。それを言えば、この頼りない主君はまた狼狽えるだろう。そんな姿は見たくない、そう思って。
すると、アフマドは急に立ち上がって歩き出した。
「どちらへ?」
トルネオが訊ねると、アフマドは「後宮に行ってくる」と言った。どうやら安心したら、いつもの寵姫の所に行きたくなったらしい。一瞬止めるべきかと考えるが、最終的には見送ることにした。ここにいても、大して役に立たない。はっきりとそのことを理解して。
「さて……問題は勇者だが……」
皇太子とそれに随行する形でアジズが去り、この場には真にこのクーデターを首謀した者たちのみが残る形となった。そのことを確認して、トルネオは伝える。勇者が寵愛する女から得た情報を……。
「どうやら、ヤツはこの政変の後、殿下を傀儡化し、やがて帝国を乗っ取る算段をしているようだ」
「なんと!身の程しらずが……」
「恩知らずにも、程がございますな!」
全員ではないが、何人かからは、そのような声が上がった。そして、その「恩知らず」という言葉に反応して、トルネオは苦笑した。大恩ある皇帝陛下に危害を加えようとしている我々も、負けず劣らず恩知らずなのにな、と思いつつ。
「ゆえに、いずれ勇者は始末しなければならない。だが……問題はどうやってそれを成し遂げるかだ」
大賢者には敵わなかったとはいえ、その強さはかなりなものであり、例えこの帝都にいる軍をすべて投入したとしても、討ち取れるとは思えない。
「いっそのこと、大賢者と戦って死んでくれればよかったのだが……」
そう思えば、今朝未明のことは実に惜しい話であった。もし、アジズが欲をかかなければその可能性があっただけに、トルネオはついため息をついてそう言った。
「そういえば、その勇者ですが……ハルシオン王国から引き渡すようにとの要請が届いたようですな」
「ハルシオンから?」
昨日まで皇帝の侍従官だった男の言葉に、トルネオは首を傾げる。それはどういうことかと言って。すると、彼は昨日の夕方の話をし始めた。宰相エトホルドが皇帝セルゲイに進言した内容を……。
「なるほどな。それじゃあ、殿下が御即位されて世情が落ち着いたら、申し出を受けることにすればいいのだな」
その話によれば、捕らえるのはハルシオン側でやるから、黙認すればいいということだった。それならば、何の問題はない。異議などなく、全会一致で採決された。
こうして勇者アベルの運命は例えこのクーデターが上手く行ったとしても、定まることとなったのだが……当然のことながら、そのことを本人はまだ知らない。
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