第224話 大賢者は、勇者と対峙する
「へぇ……あのときの泣き虫お嬢ちゃんがねぇ。中々やるじゃないか」
王宮で皇帝が捕縛された丁度そのころ、ユーグは宰相屋敷で迫りくる敵をまるで虫を払うかのように無力化しながら、隣で援護射撃の魔法を放つサーシャ皇女に言葉を掛けた。なお、彼女とは前に来たとき一度会ったことがある。当時3歳であったが。
「いえいえ、わたしなどは……」
「謙遜するなよ。大したもんだぜ。なあ、エトホルド?」
「おっしゃる通りですな。皇女殿下の魔法の腕は、この帝国でも指折りでして……」
ゆえに、先程の弟子入りの件、考えていただけないかとエトホルドは言った。
「もし承諾して頂けるなら、我が国としてはユーグ殿の望まれるモノ、そのすべてを差し出す所存で……」
「それは勇者の身柄であってもか?」
「もちろんでございます」
このとき、エトホルドはこの反乱に勇者が加担していることを知る由もなかったが、はっきりとそう答えた。
夕方の謁見では、未だ皇帝の裁可を得るには至っていないが、炎石を絶たれるとなれば受け入れざるを得ない。ゆえに、それで大賢者ユーグを味方にすることができるのであれば、願ってもないことなのだ。
「……まあ、考えておくよ」
ユーグは満更でもない顔をしてそう答えた。
「さて、門の外の敵さんも全て気絶させたし、そろそろ乳繰り合っているバカ息子たちを連れに……む?」
宿にいるであろう息子と義娘を迎えに行こうと、転移魔法を発動しかけたところで、ユーグは迫りつつある強力な魔力を探知して身構えた。
「エトホルド。少々、激しく戦うことになりそうだから、屋敷の奥に行ってくれるか?皇女様もつれて……」
「ああ、わかった。ささ、皇女殿下……」
「でも……」
先程褒められたこともあり、サーシャは渋った。共に戦いたいと。しかし、ユーグはそれを認めない。
「おそらく、勇者がここに向かっているのだろうさ。負けるはずはないが、それでも全力は出さないといけない。わかるよな?この意味が」
「!」
それはつまり、足手まといを抱えながら戦うほどの余裕はないと言っている。そのことをサーシャは理解して、悔しさで顔を歪ませた。しかし……
「わかりました。どうか、ご武運を」
その悔しさを押し殺して、何とか言葉を絞り出すと、そのままエトホルドと共にこの場を立ち去った。その回答にユーグは密かに満足し、弟子入りの件も前向きに考えようと思った。
(さて……)
それからまもなくして、勇者アベルは現れた。供は誰一人連れてきていない。おそらくは、足手まといになると思ったのだろうと、ユーグは認識した。
「……貴様は、大賢者ユーグ・アンベールか」
「ほう……よくわかったな。勇者アベルよ」
確か面識はなかったはずなのだかな、と思いながらユーグはそう言った。すると、アベルは言った。
「昔、俺が子供のことにエデンに来ただろ?あのとき、魔猪に襲われていた俺とカミラを救ってくれたアンタの姿を忘れるほど、恩知らずじゃないさ……」
そういえば、そんなこともあったなとユーグは思う。そして皮肉なものだと。
「……だが、敵対する以上は全力で倒させていただく。できれば、そこを退いてもらいたいが、そうはいかないんだろ?」
「ああ、そうだな。こちらにも事情があるからな。例え、あの時助けた命をこの手で絶つことになったとしてもな」
ユーグはそう言って身構えた。すると、アベルは動いた。
(ほう……伊達に勇者を名乗っているわけではないようだな……)
剣を振るって、強力な一撃を放ち続けるアベルを、ユーグは防御魔法を幾重にもかけて準備しておいた魔法壁で防ぎながら冷静に観察した。
「だが……」
ユーグの手のひらから激しい波動がアベルを直撃した。
「ぐふ!」
飛ばされたアベルは、屋敷の塀に叩きつけられて、がれきの中に埋もれる。そこに追い打ちをかけるように、爆炎魔法を叩きつけた。アベルは瓦礫ごと炎に焼かれた。
(さあ、来いよ。そんなもんじゃないだろ?)
ユーグはなおも警戒を解かずに、周囲を観察する。すると、上空から剣を振り降りしながら、アベルはユーグに斬りつけてきた。
「我が魔法壁の前に剣撃など……なに!?」
パリンと音がして、剣はユーグの左肩をわずかに切り裂いた。魔法壁でいくらか衝撃を和らげたから致命傷とはならなかったが、それでもその魔法壁自体が粉々にされたことには衝撃を受けた。
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