第222話 領主の妹は、いずれ思い知らせてやろうと心に誓う

「アリアさん!酷いじゃないですか!炎石がなければ、我が領も滅びてしまうというのに……」


 宰相屋敷から宿に戻ったところで、スメーツは先程の話を蒸し返すように言った。なお、ユーグは宰相屋敷に残って旧交を温めつつ、フォローを入れるということで、この場にはいない。


「仕方ないでしょ。あの場ではもうあれしか手がなかったんだから」


 アリアはそう言い放って、スメーツに理解を求める。そして、「もしやばくなったら、オランジバークに来なさい」と告げた。それは、スメーツだけでなく、領民全てを受け入れるとも。


「アリアさん!そういう問題ではなくて……」


 スメーツはなおも言いつのろうとするが……


「ごめんね、スメーツ。これからハルシオンに行かなければならないのよ。このお話はまた今度しましょ」


 そう言い残して、アリアはレオナルドと共に逃げた。


「こら!逃げるな!」


 スメーツは二人がいなくなった空間に向かって叫ぶが、当然返事が返ってくるはずもない。


「ホントにもう……」


 そう呟いてベッドに腰かけてふと気づく。隣にエラルドがいることに。


「え……?」


 なんであなたがいるのと思いつつ、状況を確認する。借りている部屋はこの部屋のみ。アリアとレオナルドはハルシオンに去り、ユーグは宰相屋敷。この部屋には、エラルドと自分しかいない。


「えっ!?えええええええーーーーー!!」


 しかも、なぜかベッドは一つしかなく、スメーツは顔を真っ赤にして叫んだ。そんな彼女をエラルドは困ったように見ている。


「何であなたがここに居るのよ!」


 ついに心の中にあった言葉を吐き出したスメーツ。対して、エラルドはポリポリと頬を掻きつつ、「どうやら、存在感が無さ過ぎて置いてかれました」と言った。


「ですが、心配しないでください。決して、お嬢様に手など出しませんから!」


 エラルドははっきりそう告げて、人畜無害であることをアピールした。しかし、なぜかスメーツは不機嫌になった。


「それは、わたしが女として全然魅力がないからですか!」


「い、いえ、そういうわけではなくて……」


 そう答えながら、じゃあ、どうしろというんだとエラルドは心の中で思った。外国人であり、スメーツの護衛という身分しかないのだから、他の部屋を借りるわけにもいかない。八方ふさがりとはまさにこのことだなと。


「と、とにかく、俺はそっちのソファーで寝ますから、ご安心を!」


 半ば強制的に話を打ち切り、エラルドは荷物を持ってソファーへと移る。そんな彼の姿を半ば不貞腐れたように見つめながらも、スメーツは何も言わずに見送った。





 夜——。


 時計の針はすでに2時を過ぎているというのに、スメーツは眠れない。襲われたら嫌だなと思う気持ちと、この状況で襲われないのは女としてどうなのよと、考えているうちにこの時間となったのだが、それでもそろそろ寝なければと思う。


 ただ、ソファーの方から聞こえてくるイビキがうるさい。耳栓となるものは何かないかと思い、テーブルにあるティッシュを取ろうとベットから立ち上がった。


「ん?」


 そのとき、窓の外から光が見えた。何だろうと思って、窓に近づき外を見る。すると、眼下には武装した兵士が駆けている姿があった。


(どこに向かっているのだろう?)


 そう思って、机の上の蝋燭に明かりをともして、魔法カバンから帝都の地図を取り出して確認する。兵士の向かう先にあるのは……王宮だ。


「もしかして、反乱!?」


 思わず声を上げたスメーツ。その声で目が覚めたのか、エラルドがソファーから起きて、何事かと近づいてきた。


「ほう……これは……」


 エラルドも外の様子を見て、そう呟いた。そして、素早く蝋燭の灯を消して、スメーツに告げる。


「とにかく、こういうときは動かないことだ。怖いかもしれないが、灯も点けない方がいい。連中は俺たちを狙っているわけじゃないんだから、変な行動をしなければ大丈夫さ」


 ただ、万一に備えていつでも逃げ出せれるようにはしなければと、着替えを促してきた。スメーツもそのことを理解して、大人しく従うが……


「見ないでよ!」


 念を押すことは忘れなかった。しかし……


「ああ、わかってる。見る気なんてこれっぽっちもないから、安心して着替えてくれ」


 エラルドはそれだけ告げると、背中を向けた。


(それはそれで、悲しいような……)


 スメーツは複雑な気分になった。確かに自分の体は、アリアに負けず劣らず、出るところも出てなければ、引っ込むところも引っ込んでいない。さらにいえば、男と言い張れば通用するような、ボーイッシュな顔つきでもある。


 それでも女なのだ。プライドだってある。


「どうした?まだ終わらないのか」


「じょ、女性の着替えには時間がかかるのよ!」


 エラルドから改めて催促されて、スメーツは不貞腐れるように言い返した。今は緊急時だからそれ以上は言わないけれども、いずれ必ず思い知らせてやると心に誓って。

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