第221話 女商人は、宰相を脅迫する
「これは、ハルシオンの王太子殿下。遠路はるばるようこそお越しくださいました」
迎えに来たユーグと共に転移した先で、アリアはこの屋敷の主である宰相アル・エトホルドの出迎えを受けた。なお、結局ハルシオンの王宮には行かなかった。行っても、もう会談は終わっているから意味はないと断じて。
「丁重なご挨拶、ありがとうございます。アリア・ハルシオンです。お会いできて光栄です」
そう言ってアリアが右手を差し出すと、エトホルドも右手を差し出して握手を交わした。その態度に、今の所好意的だとアリアは判断を下して、勧められるままに席に座った。
「先程、大体のお話は大賢者様からお聞きしましたが……」
「はい。わたしたちは勇者を追っているのです。できれば、引き渡して頂けないでしょうか」
アリアは単刀直入に自らの要望を伝えた。しかし、エトホルドは朗らかな表情を崩すことはなかったが、「無理ですな」と告げた。
「勇者アベル殿は、皇帝陛下が客人としてお迎えになられたお方です。他国では知りませぬが、我が国で犯罪を犯していない以上、その処遇を変える理由はありません」
エトホルドははっきりとそのように発言して、帝国宰相としての立場を示した。
「……犯罪でしたら、我が領でやった数々の……」
アリアの横に座るスメーツがそのように呟くが、エトホルドはこれを制して言う。
「マルツェル領での不幸な行き違いについては、すでに解決金をお支払いしているはずです。それを蒸し返されるのは如何でしょうな?」
「そ、それは……」
それ以上余計なことを言えば、宰相として何かしらの断を下すことを暗に態度で示されて、スメーツは言葉に窮して黙り込んでしまった。
「しかし、エトホルドよ。勇者アベルは、ハルシオンの王太子殿下に危害を加えたんだぜ?近々、正教会もヤツから称号を剥奪し、その身柄の引き渡しを求めてくることになると思うが……それでも、おまえさんは引き渡すつもりはないのかね?」
今度はユーグがそのように訊ねるが……
「大賢者様。我が国は正教会とは交流がございませんので、例えその要求があったとしても、従う謂れはありませんな」
エトホルドは毅然とした態度を崩さずに、はっきりと拒絶の意思を伝えた。
「まあ、そういうことでして、もちろん、王太子殿下の悔しいお気持ちはわかりますが……我が国としましてはご要望に応じるわけにはいきません。申し訳ありませんが……」
そう言って、エトホルドはアリアに向けて頭を下げた。すると、アリアは言った。
「もし……応じていただけなければ、貴国への炎石の販売は完全に停止させていただきます」
「はあ?」
事情が理解できず、エトホルドは首を傾げた。確かにハルシオンからもポトスを経由して輸入しているとは知っているが、それは微々たる量だ。そんなことで脅しているつもりなのだろうかと。
しかし、それを聞いていたスメーツが青ざめてアリアに言った。
「アリアさん!それはいくら何でも酷すぎです!わたしたちに死ねと?」
「だって、仕方ないでしょ。お宅の宰相が協力してくれないというのに、なんでわたしが協力しなくちゃいけないのかしら?恨むのなら、そちらの宰相殿を恨みなさい」
目の前で繰り広げられている喧騒に、意味が分からずエトホルドはどういうことかとユーグに訊ねる。すると、彼は言った。
「ああ……おまえは知らないようだな。最近、炎石が少しずつポトスから入るようになっただろ?しかも、安く」
「ええ、承知しておりますよ。なんでも、北部同盟というポトスの北にある新興国家から輸入できるようになったからだと……」
おかげで少しずつだが、魔族に対抗できる武器を作ることが可能になったと、部下からの報告で耳にしているとエトホルド。
「しかし、それが何の関係が?」
「あのアリア殿下は、その北部同盟の盟主であり、かつ炎石鉱山を経営する『ハンベルク商会』の会頭でもあるのだが……」
「はぁ!?」
なんで王太子なのにそんなことをしているのかとエトホルドは声を上げて驚いた。が、次の瞬間、先程の言葉の意味を理解してゾッとする。つまり、勇者を引き渡さなければ、今後一切、帝国は北部同盟から炎石を購入することができないということになると。
「ア、アリア殿下!」
「なんでしょう?」
「そ、その……流石に、それは大人げないというか……」
真っ青な顔をしたエトホルドがそう言うが……
「だから?」
アリアは全く相手にすることなく、やや不機嫌な顔を隠すことなく素っ気なく返す。そして、改めて告げるのだった。
「勇者か炎石か。どちらを選ぶのか、皇帝とよく相談して回答を。但し、わたしも暇ではありませんので、回答は早めにお願いしますよ」
じゃないと、近々輸入がストップするかもしれませんよと。
エトホルドはその意味を理解して、頭を抱えるのだった。
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