第220話 女商人は、帝都に行く

「次の人……」


 帝都を守る8つの門の1つ、アンデス門。ようやく順番が回ってきたスメーツは、身分を示す玉と、兄が発行した書類を門番に手渡した。


「ほう……マルツェル領の……」


 門番は玉に刻まれた紋章を見てそう呟くと、手渡された書面を確認した。そこには、領主の代理として親戚である宰相を見舞うと書かれていた。


「エトホルド宰相閣下は、曾祖父の兄の奥方の従兄の孫娘の夫君でして……」


 それって、ほとんど赤の他人ではないかと、門番は訝しんだが、だが、貴族の世界ではよくある話なのかもしれないと思い直して、玉と書類を返した。


「それで、その後ろにいる3人の外国人は?」


 門番は改めて確認した。髪の色、肌の色、明らかにこの国の者ではない。


「この者たちは、わたしの護衛でして。何しろ、どこで魔族が襲ってくるかわからないものですから……」


 スメーツはそう言って、3人に渡しておいた書類を見せるように促した。彼らが素直に応じて、門番は手渡された書類に一通り目を通す。


「確認しました。それでは、どうぞご入場ください」


 そして、門番はそれらの書類を返却すると、そう告げて道をあけた。4人はそのままアンデス門を潜り、帝都の町へ足を踏み入れた。





「ここが帝都ムーラン・ルージュか。ハルシオンのルシェリーも華やかな大都市だったが……ここも負けず劣らずだな」


 帝都に足を踏み入れてからしばらくして、レオナルドが不意にそう言った。そして、アリアの手をつなぐ。


「レオ?」


 どうしたの?という顔をして問いかけると彼は言う。「迷子になったら大変だから」と。アリアは初めてポトスへ行った時のことを思い出して、顔を真っ赤にした。


「もう!あの時の話はもうしないでって言ったでしょ!」


「痛い!痛いってば……」


 ポカスカ胸の辺りを叩くアリアに、レオナルドは「わかったからもうやめて」と訴える。但し、ニヤニヤしながら。


((絶対わかってないな))


 その様子を冷めた目で見つめるスメーツとエラルドは心の中で同じことを思った。そして、いちゃつくんなら他所でやってくれとも。


「おい、バカ息子。そんなとこで乳繰り合ってないで、勇者を探しやがれ」


「馬鹿とはなんだ、糞親父!言われなくてもやってるよ。でも、これだけ多いと……」


 探知魔法を使って探してはいるが、勇者を特定するには至らない。ユーグの言葉に反応して、レオナルドは答えた。


「……となると、やはりエトホルドの家に聞きに行くか」


 それはこの国の宰相の家。スメーツは恐る恐る訊ねる。


「あの……本当にお知り合いで?」


 すると、ユーグはもちろんと答えた。15年前にこの国に招かれたときは、駆け出しの鼻垂れ官僚だったがな、と添えて。


「まあ、まさかアイツが宰相になるとは思ってなかったけど、勇者は皇帝に招かれたんだろ?だったら、全く知らないってことはないはずだ」


 だから早速行ってみようとユーグは言う。ただ、貴族街はこの町でも奥にあるため、ここからではかなり歩かなければならないし、貴族街の門を通過することになるから、当然目立つことになる。


「……下手すれば、気づかれるかもしれないわね」


 アリアはそう呟いた。そうなれば、逃げられるかもしれないと。最も、勇者は自分がまさか追われているとは知らないのだから、無意味な警戒ではあったのだが……。


「親父、転移できないのか?」


 知り合いなら、家に行ったこともあるのではと訊ねるレオナルド。しかし、ユーグは首を振った。


「偉くなる前の家には行ったことあるが、貴族街の外だったからなぁ。宰相となった今の家には行ったことないんだよ」


 加えて言うなら、滞在していた宿から王宮まで馬車で往復していたから、貴族街の中を歩くといったことは前回なかったため、他の地点への転移もできないと。王宮なら転移できるというが、流石にそれをやると不法侵入者として捕まる可能性大だ。


「それなら、スメーツ殿とユーグさんとわたしの3人で行って、アリアさんたちは一先ず宿に入られては?」


 結局、歩いていくしかないという結論になり、それならば、とエラルドが提案した。そして、あとでユーグが宿に転移して迎えに来ればいいのでは、と。


「なるほどな。確かにそれなら勇者にいらぬ警戒心を抱かせずに済むか……」


 ユーグは感心したようにその提案を認めた。アリアたちも異議はなく、一行はまず近くの宿に入り、そのまま別れた。





「急に暇になったわね……」


 ホテルの部屋に入るなり、アリアは呟いた。ここから宰相屋敷までは歩いて1時間以上はかかると聞いている。その間どうしようかと、レオナルドに訊ねると、いきなり抱きしめられた。


「レ、レオ!ちょ、ちょっと、いきなりなにを……」


「だって、こうして二人きりになるのって久しぶりだろ?俺、もう我慢できないというかさ……」


 レオナルドはそう言ってアリアを抱きかかえると、そのままベッドの上に寝かせた。


「まだ早いって!時計を見てよ!まだ11時半になったばかり……で……?」


 そのとき、アリアの頭の中で急に沸き上がるものがあり、襲い掛かるレオナルドの手を払いのけようとしていたアリアの手が止まった。


(今日の11時半……じゃなくてそれより早い時間に何かあったような……)


「あ……」


「どうしたの?」


 そのアリアの青ざめた顔に気づいて、レオナルドも手を止めて訊ねた。すると、アリアはそんなレオナルドを跳ね除けて、ベッドから立ち上がると、叫んだ。


「王宮に行くの、忘れてたぁ!!」


 何とかという偉い枢機卿が会いに来るから必ず出席するようにと、ハラボー伯爵から念を押されていたことをようやく思い出したアリア。そんな彼女を見つめながら、「またお預けか……」とレオナルドは大きくため息を吐いたのだった。

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