第214話 領主は、妹に処罰を言い渡しかけて尻を叩かれる

「た、助けてくれ!頼む、何でもするからさ!ひっ……い、い、いのちだけはぁー!」


「む、娘は関係ないだろ!?頼む、家族の命だけは助けてくれよ!や、やめてくれ!頼むっ!待ってくれ!!」


 窓の外から聞こえてくる、聞くに堪えられない足搔きの声。勇者アベルに群がって好き勝手していた者たちの処刑がこの領主館の中庭で執り行われている。


「うるせぇ!今更、許されると思っているのか!」


「そうだ!そうやって命乞いしてきた者をおまえらはどれだけ殺した!地獄に落ちろ!この外道どもがっ!!」


「やれ!やっちまえ!こんな奴らの係累は、例え幼子だろうと生かしておくな!」


 そして、領主館の柵越しにその光景を眺めているであろう領民たちの怨嗟の声も共に聞こえてくる。


 この部屋は、いつもと何も変わらないが、外では阿鼻叫喚の地獄絵図。そのことを思い、シルベールは悲しくてやりきれない。あの勇者さえ来なければ、どちらも自分にとっては大切な領民だったはずなのだから。


「ゴホ、ゴホ!」


「お兄様!」


「……大丈夫だ。それより、すまなかったな。俺がこんな体なばかりに、おまえには苦労をさせてしまった。本当に申し訳ない」


 ベッドの上で、上半身だけ起してクッションにもたれながら、シルベールは目の前に立つ妹にそう告げた。


 本来、彼女は研究者であり、自分の体が万全であれば、対魔族用の兵器の研究に専念しているはずだった。だが、現実はこうして領主としての仕事を代行してもらうことになり、今や領民の怨嗟の的となっている。


「大丈夫です。わかっています」


 目の前に立つ妹は、それでも気丈にそう言ってくれた。シルベールは、心の底から申し訳なく思った。そして、もし体が丈夫であればと天を呪う。たった一人のかわいい妹に、これから領主としての非情な決断を告げなければならないと思うと。


「……すまないな」


 シルベールは一言そう呟いた。心の底から呟くと、それまでの兄としての顔から領主の顔へと切り替えた。そして、決定を告げる。


「スメーツよ。此度の騒動の責任はすべてそなたにある。領主として、このことは看過するわけにはいかない。よって……」


 コン、コン……。


 「修道院に行って犠牲者の霊を弔うように」、そう命じようとしたところで、部屋の扉が叩かれた。


「なんだ。しばらく近づくなと申しておいたと思うが?」


 ジルベールは、不機嫌さを隠すことなく、部屋の外にいるノックした者に告げた。しかし……


「旦那様!一大事です!ハルシオンの王太子殿下を名乗るお方が……この館にお見えに!」


「は?」


 その声からして、部屋の外にいるのは執事長であることがわかったが、何を言われたのか理解が追い付かず、シルベールはスメーツを見た。おまえは何か知っているのかと。しかし、彼女も首を左右に振る。


「い、いかがしましょうか?」


 扉の向こうから重ねて訊ねる声が聞こえた。そんなこといきなり言われたってと困惑したシルベールが縋るように妹を見る。


「と、とにかく、一先ず応接室に。あ……くれぐれも丁重にですよ」


 スメーツが代わりにそう答えた。部屋の外からは「畏まりました」という声が聞こえた。


「スメーツ……おまえ、何を勝手に」


 困惑から脱したのか、シルベールは妹の越権行為を咎めるように言った。それなら、決断してよとスメーツは言いたくなったが、今はそれを言っている場合じゃないと、あえて無視して言った。


「お兄様!そんなこと言っている場合ですか!?万一、本物だった場合、飛んでもない話になりかねませんよ。ほら、早く支度して!」


「ちょ、ちょっと待て!?なんで、俺が会わないと……」


「何を言ってるんですか!?領主はお兄様でしょ!」


 それに、自分はこのあと修道院に行くことになるのだ。まだその決定を告げられていないが、その話はすでに執事長から告げられていてスメーツは知っている。


(だから……独り立ちしてもらわないと!)


 体の具合が良くないことはわかっている。わかっているが、自分が修道院に行くとなれば、これからは独りで全てをこなしてもらわなければならないのだ。だから、スメーツは心を鬼にした。最後の奉公だと思いながら……。

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