第215話 女商人は、旧友と再会する

「もう……いい加減機嫌直してよ……」


 応接室に通されて、こうして待っている間も、アリアはご機嫌斜めなレオナルドを宥めている。


「…………」


 しかし、レオナルドはブスッとしたままで何も答えない。すると、ユーグが呆れたようにして言った。


「そうだぞ、息子よ。そんなことで怒るとは、父は情けないぞ」


 バン!


 その言葉にキレたのか、レオナルドは目の前のテーブルを叩いた。


「この糞親父が!そもそも、てめえがボケて言わなかったのが原因じゃねぇか!人が船酔いでそれでも苦労してこの港に辿り着いたというのに、転移魔法で先回りだと!?ふざけんな!それなら、なんで先に言わねぇんだよ!!」


「ちょ、ちょっと、レオ!落ち着いて。ここ、他所のお家だからね!?」


 アリアが慌てて宥めようとするが、レオナルドの怒りは収まらない。


「アリアもなんで親父を庇うんだよ!大体、俺が船苦手だって知ってたよな!なら、何で予めもっと確認してくれないんだよ!」


「わ、わたしだって、今朝まで知らなかったのよ。今日はどこに行くのかと訊かれたから、『レオが迎えに来るからいいですよ』と言ったら、なら送ってあげようって話になって……」


「やっぱり、確信犯だったな!?この糞親父っ!!」


 そう言って、ケラケラ笑っているユーグに掴みかかろうとするレオナルドだったが……。


「あの……これは一体?」


 そのとき、扉が開かれて、部屋の有様を見たスメーツが呟いた。


「あ……」


 アリアは思わず言葉を漏らした。懐かしい友人の顔がそこにはあったが、明らかに呆れていることが見て取れた。





「……それで、本当にあのハルシオン王国の王太子殿下なので?」


「ちょ、ちょっと、お兄様……」


 疑うようにそう切り出したシルベールをスメーツが嗜めるが、一方で先程の有様を見れば、そう思うのも無理からぬ話だとも理解する。そもそも、アリアが王女だとは、その学生時代を知るスメーツからしてもどこか信じられない話だ。


「まあ、疑われるのは仕方がないかもしれませんね。アリアさんが王女だったことは、ご本人も含めて、ここに居る誰もが知らなかったことなんですから」


 そう言って、話を切り出したのはレオナルドに随行していたエラルドだ。彼自身は、交易商人としてシルベールとも面識があり、この中では一番身元がはっきりしている。そんな彼が懐から何枚かの紙を取り出した。それは、ポトスで発行された新聞の記事の切り抜きだ。


「御覧の通り、アリアさんの王太子就任は、ポトスでも報じられて話題になっています」


 シルベールは差し出された新聞記事を手に取り、そこに掲載されている写真の王太子と目の前に座っているアリアを見比べる。写真は、ドレス姿で国民の前で演説したときに撮影されたものだったが……


「いや……写真の方ほど美人ではないような……あいたっ!」


「……お兄様ったら。その言葉、王太子とか抜きにしても、失礼ですわよ」


 思わず本音が零れたシルベールの頭を叩いて、スメーツが嗜めた。アリアも「悪かったわね、幻滅させて」と少し不貞腐れたように言った。そのため、シルベールは白旗を上げて素直に謝罪した。


「しかし、その王太子殿下がなぜこのような場所へ?妹と知己があることはわかりましたが、まさか遊びに来られたわけじゃないですよね?」


 この町は、外国の王侯貴族が好むようなものは何もないし、さらに言えば、魔族の脅威に晒されている危険な場所だ。自分だって、領主でなければ逃げ出したいとさえ思っている。


 すると、そんなシルベールにアリアは言った。


「あの腐れ外道の勇者アベルがここにいると、スメーツさんから手紙を頂いたもので」


「えっ?」


 その言葉にシルベールは隣に座る妹を見た。スメーツも驚いているようで……


「あの……弱点を教えてもらおうと思って……」


 ……と、手紙を送ったことを認めた。ただ、まさかそれだけでここに足を運んでくるとは思わなかったと。それに対して、アリアは言う。


「グッジョブだったわよ、スメーツ。わたし、アイツに復讐したくて探していたのよ」


「復讐?」


 一体何があったのかと思い、スメーツはアリアに訊ねた。すると、アリアはあの勇者にいかに甘い言葉で騙され、未開の地に置き去りにされたかを、延々と激しく罵りを交えながら語り始めた。


(訊かなければよかった……)


 「おまえのせいだよ、これ」と、兄が目で訴えてきたことに気づいて、スメーツは早く話を止めないと、と焦る。しかし、アリアの話は延々と続く。

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