第210話 大商人は、虫のいい話をする
「どうやら、ワシも耄碌したようだな……」
アリアたちが帰った後、その応接室に独り座っていたフランシスコが呟いた。
あの蒸気機関という技術の事。それ自体は、以前から知っている。娘が密かについ合っている相手を調べた副産物として、どのようなものなのかを調べたことがあるからだ。
しかし、その時の結論は、コストがかかりすぎるため、実用化できないというものだった。だからこそ、そのような山師のような相手ではなく、きちんとした家柄から婿を取ろうと、これまで見合いを進めてきたわけだが……。
「お父様。お呼びでしょうか?」
「うむ。入ってそこに座りなさい」
事がこうなってしまえば、話は変わってくるわけで……。
「レベッカ。おまえが付き合っているオズワルド君のことだが……」
「えっ!?」
どうして付き合っていることを知っているのかとレベッカは驚くが、フランシスコは相手にせずに話を進める。
「単刀直入に言うと、うちの婿に迎えたいから、さっさと結婚しなさい」
「はい!?」
……当然だが、レベッカはさらに驚き声を上げた。
「ふーん……つまり、このままじゃアリアさんの所にオズワルドの成果が全部持ってかれるから、何とか繋ぎ止めろと?少しでも分け前にありつくために?」
「まあ、簡単に言えばそういうことだ。本当なら、あの蒸気機関の技術はうちが独占できていたはずなんだ。それは言っても仕方ないことだと理解している。ワシもまさかあのような使い方があるとは思っていなかったからな……」
フランシスコは、悔しそうにそう言った。ただ、炎石鉱山を持っていない以上は、仮にその素晴らしさを理解していたとしても、実現することはできなかっただろうということも正しく理解している。だが、それでもやりようがあったのではないかとも思わないでもない。
「……だが、だからといって、このまま指を咥えて見ているだけでは、このフランシスコ商会の名が廃るというものだ。アリア嬢との良好な関係を維持しつつ、我が商会の利益を引っ張ってくるために、おまえにはオズワルド君と結ばれて欲しいと思っている」
そうすれば、彼の顔を立てて、フランシスコ商会との共同開発などといった話も、あり得ない話ではないと、力強く訴えた。それによって、莫大な富を得ることができることも。
ただ、そう言いながらも、我ながら酷いことを言っているなと、フランシスコは自覚した。これでは、娘を道具扱いしていると罵られても仕方ないなと。事実、正面に座るレベッカは、不機嫌そうな顔を隠さない。
「……自分でも、都合が良すぎる話をしていると思わない?」
「……思っている。正直言って、一度は彼を婿にと検討した。そして、不合格にしたわけだからな」
フランシスコは、これまでレベッカに隠れてオズワルドの素性を調べてきたことを自白した。その中には、レベッカが幼い時に虐められていたのを体を張って救ってくれたというエピソードまで知っていると。
「……ホント、よく調べたものね」
「当然だろ?跡取り娘の婿になる男は、誰でもいいわけではないのだからな」
フランシスコはそう言って、彼が不合格になった経緯を説明した。体を張って救ってくれたことには感謝をしているが、だからと言って商売に繋がらない研究ばかりをしている男を婿にしたところでプラスにならないからと言って。
そして、今回その評価は一変したから、こんな虫のいい話になってしまったことも。
「それで……もし、わたしがイヤって言ったらどうするの?」
「どうもできないな、その場合は。……但し、おまえは別の見ず知らずの男と家のために結婚し、オズワルド君はアリア嬢に近い誰かか、もしくは別の商会から妻を娶ることになるだろう。それでいいのなら、好きにしなさい」
「…………」
(まあ、もしレベッカがどうしてもダメだというのなら、親戚の家から養女を取って娶らせるという方法もあるのだがな……)
フランシスコ商会としては、アリア嬢が自分に近い者と娶わせることは許容できても、他の商会と結ばれては困るのだ。そして、従姉に妙齢の娘がいたなとまで思い浮かべた。
「それで、どうする?」
「……わかったわよ。結婚するわよ。結婚すればいいんでしょ!?」
半ば不貞腐れたような態度ではあるが、レベッカは承諾する意志を告げた。フランシスコはホッと胸を撫で下ろした。これで、丸く収まると思って。
「だけど、今の話は彼には内緒よ。あくまでも、わたしがお父様に紹介して、お父様は渋々承諾する形にするから。幸いなことに、あの人、自分の価値にまだ気づいていないから……」
最も、そんな話になっているなんて、わたしも知らなかったんだけどね、とレベッカはやや自虐的に言った。だが、その強かさ、転んでもただで起きない性格は、跡取りとして頼もしい。そう思うと、商会の次代は明るいなとフランシスコは思うのだった。
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