第209話 女商人は、出資を求める
「おやおや、アリアさん、お久しぶりですな。聞いていますよ、ハルシオン王国の王太子殿下になられたとか」
フランシスコはそう言って、「おめでとうございます」とアリアを祝福した。耳が早いなと思いつつ、これにはアリアも素直に「ありがとうございます」と答えて、彼に勧められるまま席に座った。
「それで、今日はどういう面白いお話を聞かせてもらえるのでしょう?」
「実は、蒸気機関車というものを発明しましたので、どうか実用化に向けて資金を出資いただけないかと思いまして」
アリアはそう言って、実際の映像を見せるために、魔道具を取り出した。
「これはまた珍しいものですな……」
「以前、総督閣下から頂いたものでして」
「ほう……」
フランシスコは、顎髭を触りながら呟いたが、元々の出所は、破産したカッシーニ商会が所有していた魔道具であることは予想がついた。だが、実際に映像が壁に投影され始めると、そんなことはどうでもよくなるくらいに見入ることとなった。
「これは、凄いですな……」
炎石を燃やし続けることでこの箱車は、馬車と同じかそれ以上かの速度で走り続け、しかも荷馬車で運ぶよりも多くのモノを運んでいた。もし、これが実用化されれば、物流業界に革命が起こるだろう。そのことを理解して、フランシスコは唸った。
「しかし、これほどの技術。アリアさんが独占した方が良いように思いますが……」
こうして誘ってくれて利益を分かち合おうとする姿勢はありがたいが、自分にも大商人としてのプライドがあるのだ。だからやんわりと拒絶の意思を伝えた。だが、アリアは言う。自分の力だけではできないからこうして相談に来ているのだと。
「炎石鉱山からオランジバークの港まで。距離にして250キロあるのですが、その間に線路を敷くとなれば、膨大な鉄が必要になります。そして、それらを購入する資金も……」
それだけの資金は、ハンベルク商会では賄いきれるものではなく、ゆえに、いくつかの有力商会の協力が必要だとアリアは言った。
「もちろん、出資額に応じて利益は配分します。フランシスコさんだけでなく、このポトスで力のある商人の方々からも資金を集めたいと思います。そちらの方でも、お力添えを頂けないでしょうか」
そう言ってアリアは頭を下げた。その姿にフランシスコは慌てた。
「アリアさん、やめてくださいよ。ハルシオンの王太子殿下であるあなたに頭を下げさせたと御父君の耳に入れば、我々は出入り禁止となります!」
「フランシスコさん、それはいらぬ心配です。わたしは王太子として頭を下げているのではなく、商人としてお願いしているのです。父には何も言わせません。……それで、如何ですか?協力して頂けるので?」
アリアはグイッと決断を迫るように言った。その姿に、フランシスコは強引な方だなと苦笑いを浮かべつつも、期待に応えるべく、目の前に広げられている路線ルートを見て考える。そして……
「はっきり申し上げましょう。このプランでは、わたしはともかくとして、ポトスの商人の理解を得ることは難しいでしょう」
「え?」
フランシスコの思わぬ回答に、アリアは言葉を詰まらせた。すると、フランシスコは続けて理由を述べた。
「この計画では、路線は全て北部同盟内。出資を求める我々ポトスの商人にとって、メリットがあまりございません」
「し、しかし、配当金は支払うのですから……」
「それでも、この商売で一番儲かるのはアリアさんですよね?ただでさえ、あなたは新興商人で、このポトスでは煙たがる者もいるのです。そんな状況なのに、どうして出資をしようとする者が現れると思っているのですか?」
金づちで頭を殴られるというのは正にこのこと。アリアは、その言葉に思い当たって消沈した。すると、そんな彼女を見て、フランシスコは言った。
「……ですが、ポトスに路線を伸ばすということなら話は別です」
フランシスコはおもむろに机からペンと赤インクを持ってきて、机の上に広げらえている地図に線を加えた。
「ポトスからオランジバークまでおよそ500キロ。構想にこれを加えていただく」
そうすれば、ポトスにも利が生まれることから、多くの商人から資金を調達することは可能だとフランシスコは言った。
「ですが、合わせれば750キロですよ?一体、いくらかかると……」
「何も馬鹿正直に全路線を一気に開通させる必要はないでしょう?初めに、アリアさんの計画した炎石鉱山からオランジバーク港まで完成させて、オランジバークからポトスまでの工事は追々行えばいいのです。そのうち、利益も出るでしょうし、その中から少しずつ……」
フランシスコはそう言って、話を締めくくった。アリアはその姿に、思わず唾を飲み込み、そして提案を受け入れることにした。流石はこのポトスでも有数の大商人。自分などまだまだ敵うところではないな、と再認識しながら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます