第208話 勇者の元カノは、我が子の行く末を思う

 牢に入れられて、すでに1か月余り。


 幸いなことに、腕の中で眠る我が子に変わった様子は見られない。今もこうしてスヤスヤと眠っている。母の悩みなど知ったもんかと言わんばかりに。それがせめてもの慰めではあるが、先行きの見えない牢屋暮らしは、カミラの心を削っていく。


(……やはり、あの女は王女様だったか)


 牢の壁にもたれて、天井を見上げながら、ルクレティアのホテルで感じていた疑問に、ようやく答えが出たことを思い浮かべて、思わずため息をついた。まさか、生きているとは思っていなかったが、その報復で今更自分たちがこんな目に遭うとも思っていなかった。


 先程耳にした牢番たちの噂話では、自分たちはこの後、ハルシオンに送られて処罰を待たねばならないらしい。すべては、この国の国王がハルシオンの歓心を買うために。冗談ではないと思うが、だからと言ってどうすることもできない。カミラは、己の無力を嘆いた。


(つまり、生贄っていうわけね……)


 せめて、この子だけでも助けて欲しいが、それも望みが薄いと聞く。何しろ、アベルに話を持ってきた王弟は、幼い子供と共に斬首されたというのだ。子供といえども容赦なく処断されるとなれば、万にひとつも助かる見込みはない。そう思うと不憫に思い、カミラは息子の顔を直視できない。只々、申し訳なく思い、こうして日々を過ごしている。


 コツ、コツ、コツ……


(誰だろう?)


 不意に牢の外から足音が聞こえて、カミラは訝しく思い、身構える。音は次第に大きくなってくる。そして、目の前に現れたのは、この国の国王陛下だった。


「何か用ですか?」


 カミラはぶっきら棒に訊ねた。本当なら不敬であるが、この男の利益のために自分たちは犠牲になろうとしているのだ。それならば、敬う必要などないと思って。


「……そんなに、睨みつけるでない。そなたたちの釈放のためにきたのだぞ」


「釈放?」


 ハルシオンに捧げられるのではなかったのかと思い、カミラは思わず訊き返した。すると、王の後ろに控えていた白髪交じりの紳士がスッと前に出て口を開いた。


「わたしは、ハルシオン王国の駐エデン大使オーギュスト・セザールにございます。これより、アリア王太子殿下のお言葉をお伝えいたします」


「アリア……王太子?」


 カミラは、意味が分からず王の方を見た。しかし、王は何も言わない。そうしていると、オーギュストは手紙を開いて、その内容を読み上げ始めた。


「前略、カミラ殿。初めまして、アリア・ハルシオンです。この度、わたしの気持ちを周りが拡大解釈してあなたたち親子に危害を加えたこと、誠に申し訳なく思っております」


「は、はあ……」


 カミラは、思わず言葉を零した。まさか謝られるとは思っていなかったからだ。そうしている間にも、オーギュストは手紙の続きを読んでいく。


「わたしは、勇者アベルに復讐を誓いました。あの日、置き去りにされた屈辱を晴らすべく、それこそ全身全霊を掛けて必ずや本懐を遂げたいと思っております。しかし、その対象は勇者一人に対してであり、その周りの者や血を引いているというだけの幼子に矛先を向けるつもりはありません」


 その言葉に、カミラの瞳に涙があふれる。この子の命が助かった。そのことを知って……。


「いずれ、全てが終わったのちにお会いすることもあるでしょう。それまで、どうかご子息共々お元気で。アリア・ハルシオン……以上となります」


 全文読み終えて、オーギュストは手紙を折りたたみ、封筒に入れ直すと金貨らしきものが詰まった革袋と共にカミラに手渡した。


「こ、これは……」


「アリア王太子殿下からのお気持ちです。お受け取り下さい」


「いや……いくらなんでも、これは……」


 革袋の中を見たカミラが驚いて声を上げた。金貨と思っていたモノは、白金貨。1枚10万Gするモノだが、それがぎっしりと詰まっている。さすがにこんな大金、貰う謂れがないとつき返そうとするが、国王がこれを押し止めた。


「陛下?」


「貰っておきなさい。それが我が国のためになる」


 つまり、拒んでハルシオンの不興を買いたくないと。


(この男は……)


 半ば呆れつつも、よくよく考えれば、全てはこの男が悪いことをカミラは気がついた。ならば、あえて拒んで困らせてやることもありかと考える。


 だが、一方で、これからは女手一つでこの子を育てていかなければならないことにも気づく。何しろ、アリアが本懐を遂げるということは、アベルはこの世にいないことを意味するからだ。


「承知いたしました。殿下にはくれぐれも、よろしくお伝えください」


 だから、これ以上抗わずに素直に受け取ることを伝えた。国王のためではなく、他でもない、この子のためにと思って。

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