第206話 領主の妹は、事態を収拾できない

「スメーツ様!一体、いつまでアイツを放置するんですか!!」


 バンっという激しい音が会議室に鳴り響いた。この部屋には、領主家に仕える主だったものと町の有力者が一堂に会しているが、誰も御用商人がとったその無礼を咎める者はいない。


 それどころか、上座に座るスメーツに対して疑いの目を向けてくる者までいる。何しろ、彼女があの外道勇者をこの町に引き入れたのだから。


(……あの、わたしが連れてきたんじゃないんだけどねぇ……)


 スメーツは思わずため息をつきそうになった。


 皆、口を開けば、責任を取れと言ってくるが、別に自分が要請してきてもらったわけではない。偶々、町を歩いていたのを見つけて声を掛けて仕事を斡旋しただけに過ぎないなのだ。


 だが、例えそのことを言ったところで、誰も味方になってくれそうな者はいない。長年、我が家に仕えてくれている執事長ですら、自身の姪が犠牲になってからというもの、自分に対して冷たく接してきているのだ。


(もう……どうすればいいのよ……)


 アブラーモに託した手紙の返事は、未だ届いてはいない。彼の話では、アリアはポトスで大商会を率いるほど財を成したというが、たかが一介の商人にあの勇者を何とかできるとは到底思えない。彼は、アリアに伝えれば喜んで仕返しに協力してくれると言っていたが……。


「ごほ……ごほ……これは、何の騒ぎかな?」


「お兄様!」


 突然、会議室に姿を見せた領主である兄・シルベールの姿に、スメーツは思わず声を上げた。そして、慌てて彼を支えるべく、駆け寄った。


「ダメじゃない……寝てないと」


 スメーツは咳で汚れた口元を優しく拭いながら、杖をついて歩く兄に囁いた。しかし、彼は大丈夫だと言って、先程までスメーツが座っていた席に腰を掛けた。


「そ、それで、皆が騒いでいるのは、勇者アベル殿のことかな?」


 その言葉は、以前の彼とは想像がつかない程に弱弱しいものであったが、背筋を伸ばしてその眼光は鋭く、領主としての威厳は未だ失われていなかった。


「閣下……仰る通りです。我らは皆、あの勇者によって疲弊しておるのです。何とかならないでしょうか?妹殿は、自分が犯されなければ、我らのことなど、どうでも良いようなので」


「なっ!」


 スメーツは思わず声を上げた。皆を代表するかのように上申したのは、この町のギルド長だ。部下である受付嬢が今朝、無残な姿で海辺で発見されたこともあって、敵意をむき出しにしている。


「ギルド長!今の言葉はいくらなんでもひど過ぎます!!撤回してください!!」


「何もできない小娘が偉そうに抜かすんじゃねぇぞ!大体、おまえがアイツを連れて来なければ、メルセデスもクロールもボランコもウォーカーも、殺されずに済んだはずだ!メリルもジェニーもソフィアもリーファも……そして、エマも……」


 ギルド長はそれ以上の言葉を繋ぐことができず、目元を袖で拭った。その姿に、スメーツは言葉を失い、肩を落とした。自分が連れてきたわけではないが、責任が全くないわけではない。そのことを痛感して……。


「それならば、この話は渡りに船だな……」


 そんな会議室の状況を前にして、シルベールは懐から1通の手紙を取り出した。


「お兄様……それは?」


 力なくスメーツが訊ねると、シルベールは言った。「皇家は勇者を帝都へ招待したいと言ってきている」と。


「閣下……」


「うん、わかっている。この様子だと、承諾した方がよさそうだということはな。ただ、そうなると、この町を魔族から果たして守れるのかということなのだが……」


「閣下!迷う必要などありません!このままだと、どのみち勇者によってこの町は滅ぼされてしまうでしょう。お受けになられるべきでしょう!!」


「そうですとも。勇者が来るまでも我々で防衛してきたのです。元に戻るだけなのですから、何も問題ありません!」


 会議室から上がる歓迎する意見の数々。最早、議論は必要ないようだなとシルベールは理解してこの話を承諾することを決めた。そのうえで、改めて妹に命令を下した。


「スメーツよ。そういうわけで、この手紙を持って勇者アベル殿に事の次第を伝えてくれないか?」


「え゛……?」


 その兄の言葉に、スメーツは固まり声を漏らした。しかし、拒否することを許さないと言っているように、この会議室にいる者すべての視線が自分に集まっていることに気づく。


(つまり、ケジメをつけて来いということね……)


 例えその結果、犯されて孕まされたとしても、嬲られた挙句に無残に殺されたとしても……それが唯一の贖罪になる。兄は病弱だが、正しくこの町の領主であると、スメーツは改めて思い知らされるのだった。

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