第204話 遊び人は、婚約者の多忙さにため息をつく

「それで、結局どうなったの?」


 夜。家に帰って食事を共にとりながら、レオナルドは訊ねた。すると、アリアはスープを飲んでいた手を止めて、問いに答えた。


「ボンは、イザベラさんに引き渡したわ。泣いて助けを求めてきたけど、こればかりは夫婦の問題だからね。口を出すのは野暮と思って」


 可哀想だったけど、と付け足して言うアリア。しかし、レオナルドの求めていた答えとは違っていて……


「いや……そうじゃなくて、聞きたいのは蒸気機関車の事なんだけど……」


 そう訊き返された。アリアは、「そっちの方ね」と笑いながら言って、改めてどうなったのかを説明した。


 曰く、シーロには、港まで線路を延長して、更なる調査を行うようにということだ。その答えに、レオナルドは首を傾げた。


「一気に炎石鉱山まで繋げて実用化しないのかい?」


「それは無理ね。まず資金が足りないわ。それに、安全面で本当に問題ないかを精査する時間もね」


 アリアは、そう言ってスープをスプーンですくって、口に運んだ。


「だから、資金の方は、今度フランシスコさんに相談して、ポトスの財界で共同出資してくれる人がいないか、相談しようと思ってるのよ。もちろん、得られた利益から配当を渡す条件を提示してね」


 何しろ、線路の材料として鉄が大量に必要となるのだ。ハンブルク商会の資金力だけでは、250キロの距離を敷設することは不可能だ。


「それに、今日の実験ではたった2キロしか走行していなかったから、もしかしたら、長距離を走行させたら、新しい問題が見つかるかもしれない。港までの20キロをまず安全に走れることを確認することも重要よ」


 アリアはそう言って、有用性は認めつつも、まだまだクリアすべき課題が多いことを示した。


「それなら、近いうちにポトスに行くんだね?」


「そうだけど……それがどうかしたの?」


「いや、実はね……」


 レオナルドは、今日、ポトスのブラス商会を訪問した時の話をした。


「え……?エラルドさんがわたしに会いたいって?」


 何の用事だろうと思い、レオナルドに訊ねるが、商会の者もそこまでは誰も聞いていないようだと告げた。ただ、ここのところ、何度かアリアを訊ねてきているとだけ……。


「だから、今の話を聞いてポトスに行くんなら、アブラーモ商会に顔を出した方がいいんじゃないかって思って」


 何しろ、彼の商会には、ムーラン帝国への炎石の輸出を全面的にお願いしているのだ。無碍にしていい相手ではない。


「わかったわ。フランシスコさんの所に行ったあと、顔を出しましょうか」


 アリアは、快くレオナルドの提案を承諾した。だが、その次の瞬間、突然大きなため息をついた。


「どうしたの?」


 訝しく思い、レオナルドが訊ねると、アリアは言った。


「いやね……ホント、こんな調子でいつになったら、あの腐れ外道に復讐できるのかって思ってね……」


「まあ、確かに忙しすぎるよね……」


 レオナルドは、以前計画した混浴温泉旅行のことを思い出して、同じようにため息をついた。今も機会を窺っているというのに、割り込める隙がないのだ。


「そういえば、勇者の元カノが子供を産んだ話だけど……」


「ああ、その話?チラッと聞いたけど、男の子だったらしいわね?」


「いや……そうじゃなくて……」


 レオナルドは訊ねる。「二人は復讐の対象にしないのか」と。


「なんで?」


「いや、だって……恨みはないの?」


 実の所、気を利かしたエデンの国王より、捕えて牢に入れているという知らせがハルシオンの王宮に届けられたというのだ。もし、その手で処刑したいというのなら、引き渡す用意があると添えて。


 そのことをアリアに伝えると、彼女は激怒した。


「なんで、そんな酷いことをするのよ!その二人は何も関係ないじゃない!」


「でも、その元カノは勇者の仲間で……」


「だとしても、赤ちゃんには罪はないでしょ!?レオ、すぐに王宮へ向かうわよ。エデンの国王に要らぬ配慮だから、二人を自由にしてあげてって伝えるようにパパに言わないと!」


「わ、わかったよ」


 その激しい剣幕に圧されて、レオナルドは食事中にもかかわらず、アリアに言われるがままに転移魔法を発動させた。今日もまた、混浴温泉旅行のことを切り出せなかったな、と思いながら……。

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