第203話 女商人は、蒸気機関車の有用性を計算する
「……それで何をしてるの?」
百合でないことを自身の名誉のために懇切丁寧に説明し、誤解が解けたところで、アリアは集まってきたシーロやボンに改めて問い質す。すると、シーロが代表して言った。
「蒸気機関車の試運転ですよ」
「蒸気機関車?」
聞きなれないキーワードに、アリアは思わず聞き返した。もちろん、その名前から、研究中の蒸気機関に由来する発明品だとは思ったが……
「忘れたんですか?これって、アリアさんのアイデアですよ?」
「えっ?わたしの?」
そう言われてしまい、アリアは首を傾げて考え込んだ。その姿を見て、シーロは言う。
「オズワルド先生に言ったんでしょ?北方の交易品を大量に輸送して、100万Gの交易益を出すとかなんとか?」
「あ……」
アリアは思い出した。そう言えば、あの研究室でオズワルドを仲間に引きずり込むために、そんな例え話をしたことを。
「もしかして、それを実現したの?」
「はい。先程は、急カーブに対応できるのかを試験しておりましたが、オルヴィア川の袂からここまで取り合えず走らせることには成功しました」
シーロは、そう言って試運転が成功したことを報告した。そして、見れば枕木の上に乗せらえている二本の鉄の角材が遥か彼方まで延びているのが見えた。オリヴィア川はここから約2キロ先だから、試運転の距離としては妥当かもしれない。
「しかし、わたしは知りませんよ?そのような建造物を設置するときには、町に事前に許可申請を提出することになっていると思いますが?」
シーロの言葉に思うところがあったのだろう。イザベラがそう言って強く問い質すように訊ねた。しかし……
「それなら、町長に了解を取りましたが、なにか?」
シーロが強気に、ボンのサインが入った申請書をイザベラに見せた。
(そういえば、町長はボンだった……)
苦虫を潰したような表情を浮かべるイザベラの隣で、アリアはふとそのことを思い出した。そして、気づいた。そのためにボンはシーロの手引きで労役作業から抜け出ることができたということを。
もちろん、イザベラも黙ってはいない。
「……シーロさん。うちの人はお仕置きのために、オリヴィア川の橋工事の労役に参加させているんですけど?なんで、勝手に釈放されているので?」
イザベラは、脱獄ほう助は犯罪ですよと、いつもの穏やかな調子で言うが、目は明らかに笑っていない。そのことに気づいたのか、シーロは急にしどろもどろとなる。ボンの方もまだ怒りが解けていなかったことを知り、自分の見通しの甘さに青ざめて逃走を図ろうとするが、ニーナの寝返りによって阻まれてしまった。
しかし、そこにアリアが助け舟を出した。
「それで、川からここまでどれくらいで走れたの?」
「アリアさん!?」
まだ話は終わっていないと言わんばかりに、イザベラは不満げに声を上げた。だが、アリアは彼女にはっきりと告げた。
「イザベラ、これは町にとってもチャンスよ。悪いようにしないから、ちょっと黙っててくれる?」
それは、異議を認めないというような強い態度。イザベラは、渋々だが、口を噤むことにした。その一言に、シーロはホッと胸を撫で下ろし、先程の質問に対して回答する。
「えぇ……と、約4分といったところでしょうか」
「4分ねぇ……」
アリアはそう言ってしゃがみこんで、地面に何やら書いていく。
「時速は、大体24キロといったところか……馬車よりかは少し早い程度……。でも……」
ブツブツ独り言を言いながら、さらに書き込んでいく。もしかしたら、距離が長くなればもっとスピードが出るのではとか、人も乗せて乗車賃を取ればもうかるのではとか言いながら……。
「炎石鉱山まで港まで250キロ。船ができれば、ポトスまで1日とちょっとで大量の炎石を運べるわね……」
そして、車両を見ると後ろには、ただの石を積んだ大きな箱車が5台連ねている。となれば、あとはコストの問題だが……ニーナから渡された資料を確認すると、荷馬車で同量の貨物を運搬した時に比べてもかなり安かった。
(もし、これが炎石だったとしたら、どれほどの利益をもたらすか……)
以前、オズワルドに言った話がこうして形になり、アリアは改めてその有用性を正しく理解したのだった。
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