第202話 女商人は、悲鳴を上げる

「……それは、何と言うか……大変でしたね」


 式典の翌日、オランジバークの町庁舎に赴いたアリアから愚痴を聞かされたイザベラは、どう答えたらいいんだろうと思いながら、一先ず刺激しないようにそう答えた。ちなみに、机の上には相変わらず、『町長代理』のプレートが乗せられている。


「それで、肝心の勇者の情報は入らなかったんですか?」


 そもそも、アリアが久しぶりにハルシオンに行くことになったのは、勇者が潜んでいる場所が分かったという情報が入ったためだ。王太子就任の儀式はそのついでというもので、だから、先週から1週間、このオレンジバークを不在にしてハルシオン王国に赴いていたのだ。それなのに……


「本当に酷いと思わない?情報部の方から、『勇者は隣の国のシャウテンの町にいる』って聞いて行ったのよ。馬車に3日も揺られてね。それなのに、1年近くも前に逃走したって話だったのよ。もう信じられないでしょ!情報は鮮度が命だというのに!!」


 アリアは、プンスカ怒りながら、一気に捲し立てるように言った。そして、まだ言い足りなかったのか、「情報部の改革は、最優先で取り組まなければいけないと思わない?」とイザベラに同意を求めた。


(いや……わたしに訊かれても……)


 あくまで自分は町長代理なのだからと、イザベラは戸惑い、心の中ではそう思った。


 しかし、それを言ってもアリアは納得しないだろう。少しでも早く、この罰ゲームというような時間から逃げ出すために、「わたしもそう思いますわ」と彼女は返した。あとのことは、王国の偉いさんたちで話し合ってくれと思いながら。



「そう言えば、町の北側の草原で一体何をなされているのですか?」


 アリアの怒りが収まったところを見計らって、イザベラは訊ねた。そもそも、ハルシオンから戻ったばかりの彼女をルーナに頼んでここに連れてきてもらったのも、それを確認するためだったのだ。しかし……


「草原?何の話かしら?」


 アリアは、首を傾げるような仕草を見せて逆にイザベラに訊き返してきた。その様子に、イザベラは違和感を覚えて、アリアの仕業と決めつけずに、もう一度訊ねた。「シーロさんが何か作られているようですが、心当たりはないのか」と付け足して。


「シーロが?」


 アリアは全く心当たりがなく、戸惑った。何かの実験なのだろうかと思ったが、それすらも定かではない。何しろ、最近忙しくて彼とは会っていなかったのだ。


「ちょっと、見てくるわ。それで、どのあたりなの?」


「北の境界の柵から少し行ったところよ。わたしも行くから、案内するわ」


 イザベラはそう言って、席を立ちアリアたちを先導する。


 そして、町庁舎を出て北へ10分ほど歩き、町の境界を示す柵の向こうに、シーロの姿が遠目だが視認できた。周りには助手のニーナも、他のスタッフの姿もある。


(何をしてるんだろう……)


 アリアはそう思った。すると……


「な、なんですか!あれはっ!!」


 イザベラが声を張り上げて叫ぶように言った。振り返れば、彼女は指を差していて……その先には馬車の車体の方が、馬がいないというのに速度を上げながらこちらに向かってくるのが見えた。


(ま、まずい!このままだとぶつかる!!)


 アリアは、慌ててレオナルドに転移魔法を発動させるように声を掛けようとした。しかし、今日に限って彼はお使いでポトスに行っておりここにはいなかった。


「アリアさん!早く逃げないと!!」


 そのとき、イザベラの声が聞こえた。最もだと思ってアリアは駆け出そうとするが、馬車はなぜかくねくねと車体を大きく左右に揺らしながら進んでくる。


「逃げるってどこによ!!右?それとも左!?」


「わかんないわよ!でも、ここに居れば大けがじゃすまないわよ!!」


 イザベラは迫りくる車体を見て、青ざめて叫んだ。いつものお淑やかな物言いを吹っ飛ばして。しかし、最早手遅れだった。車体はすぐ目の前まで迫っていた。


「「きゃああああああ!!!!!!!!!」」


 二人は恐怖のあまり抱き合って悲鳴を上げた。すると、そのとき急に車体はアリアたちの手前で右に曲がった。


「「へっ!?」」


 アリアもイザベラも、一体何が起こったのか理解できなかった。そうしていると、車体はシーロの前で止まり、中から人が下りてきた。


「どうやら、成功見たいっスね」


「「ボン!?」」


 その得意げにシーロに笑いかける小男の姿に、二人は一緒になって驚いた。なぜなら、彼は先日の罰として、郊外の川にかける橋の建設現場に送られていたはずだったのだ。


(もしかして、許したの?)


(いいえ。そんなことはあり得ませんわ)


 イザベラは、アリアの囁きに同じく囁きで返した。そして告げる。少なくともあと1週間は迎えに行くつもりはなかったことを。


(それなら、これは一体……)


「あっ!アリアさん!!」


 そのとき、ニーナがこちらの方を見て声を上げた。どうやら気づかれたようで、彼女はこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「ひ、久しぶりね、ニーナ……。ところで、これは何をしているの?」


 開口一番、アリアは駆け寄ってきたニーナに訊ねてみた。しかし、彼女は何故か固まったまま言葉を返そうとはしなかった。


「ニーナ?」


 不思議に思い、もう一度アリアは声を掛ける。すると……


「ご、ごめんなさい!まさか、二人がそんな関係で、こんなところで『密会』をしていたなんて思っていなかったから……ホント、ごめんなさい!!」


「「へっ!?」」


 その言葉に、アリアとイザベラはお互いを見た。それはもう、頬を引っ付けあうほどにがっちりと抱きしめ合って、草むらの中で座り込んでいたのだ。


「ち、ちがう!!」


「そ、そんな関係じゃないからね!?」


 アリアもイザベラも、顔を真っ赤にしてニーナの誤解を解こうと必死で弁明した。季節外れの百合の花を咲かせていないと。

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