第6章 女商人は、ついに本懐を遂げる

第201話 女商人は、父王の騙し討ちに憤慨する

 11月15日、ハルシオン王国聖ノブール大聖堂——。


 王国の高位高官、諸外国の要人らが参列する中をアリア・ハルシオンは純白のドレスに身を包み、深紅の絨毯の上をゆっくりと踏みしめるように歩いていく。その面持ちは、やや緊張しているようにも見えるが、自分の時と比べれば合格だなと、正面で待つフランツ2世は思う。


 そして、彼女が父王の待つ祭壇の前で膝をつき、枢機卿が祝福の言葉を与えて、王太子の証である銀の宝冠を頭に載せると、場内からは一斉に歓喜の声が上がった。


「アリア王太子殿下万歳!」


「ハルシオン王国に幸あれ!」


 皆、口々にそう言って、アリアの王太子就任を祝福した。アリアは、それらの声に応えるように手を振る。もちろん、笑顔で。


(ああ……早く帰りたい!)


 笑顔の裏では、そのように内心では思ってはいるが、もちろん、誰も気づかない。


「次は結婚式ね。楽しみだわ!」


 そのとき、父の隣に立つマグナレーナ王妃がそんなことを言いだした。父は苦虫を潰したような顔をして肯定も否定もしようとはしなかったが、アリアとしては、結婚式はこんな大袈裟なものにはして欲しくないと心から願った。


 だが、この場ではそんなことを当然言えるはずもなく、アリアはあえてスルーすることとして、参列者に対しては、引き続きニコニコ手を振りながら、早く時間が過ぎるのを待つ。そのうち予定されていた儀式は全て終わった。しかし……


「さて、このあとは馬車に乗ってパレードだ」


「え?」


 あとは赤絨毯の上を再び歩いて退場するだけという段階。フランツから出た言葉にアリアの顔が引き攣る。


「ねぇ、パパ……。儀式は、これでお終いじゃなかったの?」


「そういうわけにはいかないだろ?何しろ、ベルナールの反乱騒ぎは、耳のいい臣民なら知っている話だ。王家が盤石であり、生活に何も不安を感じる必要はないということを示すためには、おまえの姿を皆の目に焼き付けさせておく必要があるのだ」


 フランツは、さも当たり前のように言った。言っていることに一理あることは、アリアも理解した。しかし、事前の打ち合わせではそんな予定があるとは知らされていなかった。


「そんな話、聞いてないわよ?」


「そりゃそうだろ。だって、言ってないからな」


 フランツは、全く悪びれることなく言い切った。アリアは、ふざけるなと思ったが、この場でそれを言い出すわけにはいかず、渋々だが口を閉ざして馬車に乗り、父の横に座る。


「アリア王太子殿下万歳!」


「我らが美しい姫君に幸あれ!!」


(ああ……本当にもう帰りたい!)


 こんな面倒な話になるのなら、王太子なんか引き受けなければよかったと思いながらも、アリアは沿道に集まった市民に手を振って歓声に応えたのだった。





「おつかれさま」


「ホント、お疲れ様よっ!」


 王宮内に用意された自分の屋敷に帰るや否や、アリアは半ば叫ぶようにしてドレス姿のままでベッドにダイブした。その姿は、先程まで国民たちから羨望の眼差しを向けられていたお姫様とは思えないものだった。


「それで、この後の予定は?」


「……1時間後に晩餐会があるから、それに出席しろだってさ。何なのよ!わたし、全く聞いてないんですけど!?」


 アリアは、少し不貞腐れたように父親のだまし討ちを非難した。その一方で、事前に相談すれば、逃げられると思ったのだろうなと、レオナルドは推察した。


 何しろ、ベルナールの一件が片付いたこともあり、アリアはこの1か月、ハルシオンに滅多に顔を出さなくなったのだ。北部同盟の事や商会での仕事に追われて、『時間がなかった』というのが真相なのだが、フランツ王らはそうとは取らなかったらしい。事実、ハラボー伯爵からは、アリアに家出されるのでは……と王が恐れていたと聞いたことがある。


(まあ、お義父さんにすれば、娘を逃がしたくないわけで……)


 だから、こうして世界中のどこに逃げようが、『アリアはハルシオン王国の王太子である』と国内外に認知させようとしたのだろうとレオナルドは察した。そうすれば、大国ハルシオンを敵に回してまでも、アリアを受け入れる国などないからだ。


「もう!いつになったら、あの腐れ外道勇者に正義の鉄槌を下す日が来るのよ!」


 北部同盟の盟主に、大商会の商会頭。それに、大国の王太子までやらなければならなくなったアリア。とてもじゃないが、勇者を探す旅に出かける時間などありはしない。苛立ちのあまり声を上げた。


(……いい加減、諦めてくれないかな)


 そして、このままじゃいつまで経っても結婚できないと焦りを覚えるレオナルド。アリアの声を聞いてそう思った。この時二人は、本懐を遂げるその日がすぐ近くまで迫っていることに気づくことはなかった。

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