第198話 領主の妹は、勇者を受け入れたことを後悔する
ここは、ムーラン帝国が誇る港町、マルツェル——。
そのマルツェルのとある酒場で、今日も勇者アベルは上機嫌で仲間たちと飲んでいた。
「さすが!アベルの兄貴だぜ!!」
「このまま魔王もやっちゃう!?」
仲間……というよりかは、正確に言えば取り巻きだろうか。それでも、皆口々に今日のアベルの大活躍を称えて囃し立てる。何しろ、上級魔族2人を含む50人を超える魔族の団体様をわずか20分で殲滅したのだ。それは、彼らが束になったとしても達成することができない快挙だった。
(まあ、全然楽勝だったけどな……)
そんな喧騒の中、アベルはそう思いながら酒を静かに飲む。それを口に出さないのは、こうして静かにしていれば、彼らが勝手に喜んでくれて、酒や飯を御馳走してくれるのが分かっているからだ。
(あのとき、「多くの報酬は出せない」と確かに言ってたけど……それにしても、出さなすぎだろ!)
今日の仕事だって、ギルドから支払われた報酬はわずか1,200G。アベルが泊っている宿の宿泊料が1泊100Gだから、「勇者をなめとんのか!」と言いたくなる金額だ。だが、それを言い立てたところで、報酬が増えるわけでもなく、かといって他に行く当てもないアベルは、差額を穴埋めするかのように、彼らの支援に縋っているのだ。
「あの……そろそろ閉店なので、お支払いの方を……」
「あん!?天下に名を轟かす『勇者アベルとその仲間たち』である俺らに、金を払えだと!!」
……だから、今、目の前で起きようとしているあまりにも理不尽な行為に対しても、見て見ぬふりをする。
「おい、お前ら!この阿呆に世の中の常識を教えてやれ!!」
「「「へい」」」
そして、アベルの取り巻きたちは、容赦なく店主を痛めつける。
「お、お許しを……わ…かり……ましたから!お、お代は……」
そう言って、店主は命乞いをするが、連中の暴力は続く。
(これも全て、金払いの悪いスメーツの野郎が悪いのさ……)
目の前で繰り広げられているリンチを見ながら、アベルは変わらぬ表情で、酒を飲み続けるのだった。
「……それで、メルセデスさんは?」
「……残念ですが、お亡くなりに……」
「そう……ですか……」
昨夜起きた事件のあらましを部下から聞いて、スメーツは肩を落とした。勇者アベルが来てから、確かに魔族討伐は捗ってはいるが、一方でこういったトラブルも増え続けている。しかも、ついに死人が出てしまった。
(あのとき、わたしが声を掛けたから……)
スメーツは、頭を抱えて自らの選択を悔やんだ。そして、これ以上先延ばしにするわけにはいかないと判断して、部下に命じた。
「勇者アベルとその仲間たちを捕えなさい!」
しかし、反応は芳しいものではなかった。
「お待ちください。お気持ちはわかりますが、一体誰が捕らえられるというのですか?」
部下は、眼鏡をくいッと上げながら言った。スメーツは意味が分からずに訊き直した。「誰って……警察じゃないの?」と。すると、部下はため息をついて、こう返した。
「相手は、上級魔族を瞬殺できる実力者ですよ。我が領の警官ごときにできるはずないでしょう」
下手したら、国軍1個師団を用意しても無理かもしれませんよという部下に、スメーツは一層頭を抱えた。
(それじゃ、どうしろっていうのよ!)
一瞬、領主である兄に丸投げしようとも思ったが、病弱の兄の耳に入れば、冗談なしでショックで倒れてしまうかもしれないと考え、やはり自分が何とかしなければと思い直す。だが、いくら考えても、いいアイデアは浮かばなかった。
コンコン……
そのとき、不意にドアがノックされた。
「誰?」
「ジェーンです。ただいま、ポトスからアブラーモ商会の方がお見えに……」
そう言えば、炎石の購入のことで有益な話があると聞いていたことをスメーツは思い出した。
「どうぞ……」
「失礼します」
そう言って、部屋に入ってきた男の姿を見て、スメーツは驚く。なぜなら、そこにいたのは、会頭であるエラルド・アブラーモだったからだ。
「アブラーモさん自らとは……。それほど、重要なお話なんですか?」
スメーツは、彼に席を勧めると正面に座って話を切り出した。すると、エラルドは口を開いた。
「実は、ポトスの北に北部同盟という国があるのですが、その国で炎石が採掘されるようになりまして……」
(北部同盟?そんな国ってあったかしら?)
エラルドの言葉にスメーツは首を傾げた。しかし、その話が本当なら、非常にメリットのある話だ。
「それで、どのくらい安くなるのかしら?」
「小指の先ほどの大きさのもので、120Gでいかがでしょうか?」
「120G!?そ、そんなに安くていいのですか!?」
その衝撃的な価格に、スメーツは思わず声を上げた。……上げた後で後悔もした。これでは、この値段以下に交渉することができないことに気づいて。
そして、そのことはエラルドにも伝わったらしく、彼はクスクス笑った。
「その正直さに免じて、115Gにして差し上げましょう。アリア嬢からの仕入れ値がいくら安いからと言っても、これ以上下げれば、うちも赤字ですからね」
ギリギリですよと、エラルドは言った。しかし、そのときスメーツの目の色が変わった。
「アリア嬢!?それって、もしかして、アリア・ハンベルク嬢のことですか!」
「は、はい。そうですけど……」
何故そんなことを訊くのかと、エラルドが訝しんでいると、スメーツは今朝の出来事を語った。
「なるほど……つまり、アリア嬢に相談したいから手紙を送りたいと?」
「はい。彼女が勇者の『元カノ』だと聞いたもので、何かアイツの弱点がないかと……」
本当に困っているのだろう。スメーツは少し涙ぐみながら語った。
(これは、チャンスだな)
一方、エラルドの方は、アリアが復讐のために勇者の消息を探っていることを知っている。恩を着せる絶好のチャンスと捉えた。
「わかりました。必ずお届けします」
エラルドはそう言って、快く引き受けた。そして、預かった手紙を持って一路、ポトスへと向かう。アリアが狂喜して喜ぶだろうな、と思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます