第197話 女商人は、指輪の出所を知る
ベルナールを密かに復活させてから3日後——。
アリアとレオナルドは、エレノアとユーグを連れて、ハルシオンの王宮へと姿を見せていた。
「久しぶりね……フランツ。体の具合はもう大丈夫なの?」
フランツが待っている部屋の扉が開かれて、その最愛の人の懐かしい姿を確認したエレノアは、入り口から二歩ほど入ったところで立ち止まって、優しくそう言った。
「エレノア……よく来てくれた。うん、本当によく来てくれた」
対してフランツは椅子から立ち上がり、ゆっくりとだが、エレノアの方へと歩み出す。そして、合わせるようにエレノアの方も歩を進めて、ようやく部屋の中央付近で、24年ぶりの再会を果たしたのだった。
「よかったね……」
「うん……」
二人の中にいつの間にかマグナレーナも加わって、三人はそのまま応接ソファーへ移動し、昔話に花を咲かせた。そんな三人の仲の良い姿を見つめながら、部屋の端に控えるアリアは、レオナルドの言葉に頷くのだった。
「さて、これでヤツへの借りも返したことだし……これで頼まれていた任務は終了だな」
不意に隣からぼそりと呟くような声が聞こえて、アリアは横を見る。その声の主はユーグだった。
「あの、それはどういう……」
「ん?ああ、実はフランツには昔、とある王家の秘宝を譲ってもらってね。その恩返しが完了したということさ」
「秘宝?」
「ああ、『いのちの指輪』っていうものさ」
「いのちの指輪……」
アリアは、レオナルドと顔を見合わせて驚いた。なぜなら、その指輪は修復したのちに、今もアリアの左手薬指にはまっているのだ。
しかし、二人の様子に気づくことなく、ユーグは少しだけと言って事情を話し始めた。何でも、彼の妻、つまり、レオナルドの母親は、何かと病弱で、医者から子を授かることは命がけになると警告を受けたという。
「それでも、アイツは欲しいと……。だから、フランシスコを介して知己のあったフランツに相談したんだ」
その結果、当時、王太子だったフランツから渡されたのが『いのちの指輪』だったとユーグは言った。そして、結婚指輪のつもりで妻に渡したことも……。
「結果としては、俺が戦場に長居している間に、アイツはレオナルドと引換えに死んでしまったから、指輪の効果はなかったんだろうけど……。あの日、王家の秘宝だというのに譲ってくれた恩は別の話だ。返さなければならないと思い、『万一の時は、エレノアを頼む』と言ったアイツの言葉に従ったというわけだ」
だから、彼女の安全が保障された以上、ここにはもう用事はないというユーグ。そのうち、遊びに行くからと言って、そのまま立ち去ろうとした。
「待ってください!」
アリアは、力いっぱい声を上げて、ユーグを止めようとした。その声に、フランツたちは会話を中断し、ユーグは足を止めて……それぞれ、アリアを見た。
「どうしたんだい?アリアちゃん」
「これを……これを見てください」
アリアは、左手をユーグの目の前まで上げて、薬指に嵌まっている指輪を見せた。
「……え?何で、アリアちゃんが持ってるの?」
ユーグは、意味が分からず、その指輪を触った。その台座には、ハルシオン王家の紋章である『薔薇の紋章』が装飾されていた。かつて妻に贈るときに見たものと全く一緒だ。だが……。
「どういうことだ?石は新しくなっているような……」
「親父……実はな……」
レオナルドは、その指輪がアリアの命を一度救ったことを伝えた。石はその時砕け散り、今は代わりの石を入れていることを。
「そうか……」
ユーグは、寂し気にただ一言そう言った。効果があったのに、命を失うということは、出産のときに身に着けていなかったということだろう。それが意図したものだったのか、そうでないのかはわからない。
だが、こうして義娘を守り、息子の幸せを守ったというのなら、それで十分だと、ユーグは思った。
「お義父さま、オランジバークに来ませんか?」
アリアは、これからは自分が恩を返す番だと言って、強く申し出た。レオナルドも続き、説得した。二人の重荷になってはと思いつつも、ユーグの胸の内には熱いものがこみ上げてきた。
「ユーグ……僕からもお願いしたい。どうか、娘夫婦を見守ってほしい」
「フランツ……」
「そうよ。わたしもあっちに住もうと思うから、話し相手になってよ」
「エレノアさん……」
もうダメだ。断る理由が見当たらない。
「わかりました。アリアちゃん、エレノアさん、よろしくお願いします」
ユーグは、そう言って承諾した旨を伝えたのだった。
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