第196話 女商人は、災いの芽を踏み潰す

「……すると、俺たちは王都で処刑された後、異大陸に連れてこられて蘇生されたということか?」


 アリアから今の状況の説明を受けたベルナールは、半信半疑でそう言った。レオと呼ばれる男の魔法で生き返ったことも、ここがハルシオンから海を遥か隔てた西の寒村だと言われても、ピンとこない。しかし、首を刎ねられたという自覚がある以上、全否定もできない。そんなところだ。


「仮に、それが本当だったとして……どうして、おまえが俺たちを助ける?自分で言うのもなんだが、生かされれば、俺はまた王位を狙うぞ?」


 ベルナールは、王都で命乞いをしていたとは思えないような堂々とした態度で、アリアに告げる。しかし、そのアリアは……大笑いした。


「何がおかしい?」


「だって、あなたがわたしを殺すには、そこにいるレオを殺さないといけないのよ?勝てると本気で思ってるの?」


 アリアは、呆れたような顔をして、レオナルドのこれまでの戦績を説明した。特に、ベルナールの妻に化けていた有力魔族を瞬殺したことは、ベルナールにとって大きな衝撃になった。自分が愚かなことを言ってしまったことに気づいて、顔が青くなった。


 それを見て、アリアがもう一度言った。「それでも、まだ王位を望むのか」と。


 その真面目な眼差しを見て、ベルナールは、まずいと思って首を左右に振った。これ以上抗えば命がないということに気づいて。事実、このとき、レオナルドはもう一度首を刎ねるつもりで、切れ味が鋭い風魔法を用意していた。判断は正しかった。


「そう。それなら、よかったわ」


 アリアはホッとした表情を浮かべて、「わたしも無駄な殺人はしたくなかったからね」と言った。同時に、レオナルドは魔法を解除した。


「それで、どうして助けてくれたんだ?」


 ベルナールは、素直な気持ちで訊ねてみた。何か理由があると思って。


「実は……」


 アリアは包み隠さずに、彼に何を期待しているのかを伝えた。それは、オランジバークが派出する次期盟主候補に加わることだった。


「あなたの経歴は、パパから貰った資料と、マイヤール伯爵、ハラボー伯爵からヒアリングをしたことで、概ね把握できました。凄いですね、どういう理由かはわからないけど、代官として赴任した領地では、軒並み小麦の生産量が倍になっているなんて」


 ただの権力の亡者というだけではなかったのですね、と皮肉を込めて言うアリア。ベルナールは苦笑いする。


「若いころにな……こう見えても、本当に臣民の生活をよくできないかと思ったんだ。それで、大学の農学部に入って小麦の研究を……。その時に開発した【寒さに強い品種】の種を赴任先の領民に分け与えたんだ。ただ、それだけのことだ」


 ただ、一方では、その小麦の種を餌に、自分に味方する貴族を増やしていったのもまた事実。今となっては、誇る気にはなれないベルナールだった。


「やっぱり、わたしの目に狂いはなかったわ!」


 しかし、そんなベルナールの思いとは逆に、アリアは興奮気味に彼の手を取り喜んだ。


「えぇ……と?」


「是非、さっきの話、引き受けてくれませんか?叔父様の手腕がみんなを幸せにするのよ!」


 戸惑うベルナールに、アリアはもう一度お願いした。不思議と、ベルナールは悪い気がしなかった。


(どのみち、最早帰るところはないか……)


 自分の首を触って、ベルナールは思う。故国ハルシオンでは、すでに死んだ者として処理されているはずだと。そして、不安そうに見つめるヴァレリーが目に入る。情けない奴だが、親として再び殺される姿を見たいとは思わない。


「わかった。引き受けるよ」


 だから、自然とこの答えとなる。ヴァレリーの顔に安堵の色が見えて、ベルナールもホッとした。そして、アリアの方も笑顔が変わらず、これで話の決着はみた……かに思えたが……


「ちなみに……裏切った場合は、もう一度、首と胴が泣き別れすることになるから、気を付けてね」


 そんな二人にアリアは念を押すことも忘れなかった。アリアが「お願い」と一言告げると同時にレオナルドが、「待ってました!」と言って、デモンストレーション代わりに、近くの大木に稲妻を落とした。


「う…そ……」


「ち、父上……」


 それはもしかしたら、ただの偶然が重なったのかもしれない……などとは、ベルナールもヴァレリーも思えなかった。唖然として燃え盛る大木を見つめながら、わずかに残っていた反抗心すら捨てざるを得なかった。 


「ふたりとも、わかったかしら?」


「「はい!」」


 競い合うように返答する二人の声が重なり、アリアはにっこり笑みを浮かべるのだった。

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