第195話 女商人は、父に内緒で蘇生を試みる

「……いい加減、泣きやめろよ」


 隣に立つベルナールが息子を嗜めた。しかし、それは無理というものだった。


「いやだぁ!怖いよ!僕はまだ死にたくない!!誰か助けてよっ!!」


 すでに妹のエミリアは処刑されていて、次は自分の番なのだ。目の前では、自分の首を落とす剣が光を放っている。だから、必死に暴れた。助かろうと思って。しかし……。


 願いはかなわず、刑場に静寂が戻った。


「はぁ……見苦しい。あれでは、王になったところで、後継ぎ問題で詰んでたな……」


 人は死を前にして本性を表すと言うが、しっかり者に見えていた息子の醜態に、ベルナールはため息をついた。


「さあ、やってくれ」


 いよいよ、自分の番となり、大人しく首を差し出すベルナール。息子とは違って、醜態は晒さない。


(セリーヌ。今、そっちに行く)


 最後に思ったのは、自分が知らぬ間に殺されていた妻のことだった。聞いた話では、庭先に咲いていたアジサイの根元に埋められていたらしい。気づかなかったことを心の中で詫びていると、視界に輝く刀身が……。


「はは……あの、今更だけど、謝るから命だけは……」


 助けてもらえないか?目の前にいる兵士にそう言いかけて、言い終わることができずに、首が落ちた。





「……なあ、本当にやるの?」


「なによ。レオは反対なの?」


「いや……そりゃ、反対だろ。親父さんにも言ってないんだろ?これって、犯罪だと思うんだけど……」


 深夜の王宮前広場——。


 夕方に斬首刑に処されたベルナール一家の首がそこには並べられていた。それらを前にして、レオナルドはアリアがこれからやろうとしていることに、渋々だが協力しようとしている。


 それはすなわち、ベルナール一家の蘇生だ。


「アリアの気持ちはわかるよ。確かに、あんな幼い子供まで殺すのは可哀想だよね。でも……さすがに、生かしておいたら、災いのタネになるような……」


 レオナルドは、至極真っ当な指摘をして、思い止まらそうと試みた。しかし……


「あなたがいて、どうして災いのタネが芽吹くというのかしら?万一の時は、刈り取るくらい余裕でしょ?」


 何しろ、盗賊団だろうが、魔王軍の幹部だろうが、歯牙に掛けることなく叩き潰してきたレオナルドなのだ。この3人が仮に何かしようとしても、実際、瞬殺だろう。


「だから、わたしはあなたの力を当てにして、この人たちを最大限有効活用しようと思うのよ。だから、考えなしの善意とは違うからね」


 アリアは、少し照れながらもはっきりとそう伝えた。レオナルドは、ため息をつきながらも、それ以上は何も言わずに魔法を唱えた。次の瞬間、並べられている生首とそっくりなモノが生成された。


「さあ、これで良し。それじゃ、行きましょうか」


 偽首を並べ終えて、アリアはそう告げた。ちなみに、首から下の亡骸は、ハラボー伯爵に半ば強制的に協力してもらい、すでに回収済みだ。


 アリアは、レオナルドと共に……かつて過ごした開拓村に飛んだ。ここは現在打ち捨てられており、辺りに人は誰もいない。


「さあ、はじめましょう」


 アリアは、絨毯を敷いてその上に首とセットになるように亡骸を並べた。すると、レオナルドはまず、【修復魔法】を唱えた。見る見るうちに、胴と首が繋がった。


(やっぱり凄いわね……)


 接合部分が全く分からない仕上がり具合に、アリアは心の内で感嘆の声を上げた。そして……レオナルドは【蘇生魔法】を唱えた。3人は青白い光に覆われて、しばらく輝いた。


「う……うう……」


 その光が消えたとき、3人の体はわずかだが反応し、誰の者かはわからないが、うめき声が零れた。


「どうやら、上手く行ったようね」


 レオナルドの側に駆け寄り、アリアは3人の様子を見守る。すると……


「助けてくれ!謝るか…ら……あれ?どうして……」


 ——首を触りながら、周りを見渡すベルナール。確か首を刎ねられたはずだと、唖然としていた。


「はっ!ああ……よかった。夢だったんだ……」


 ——夢落ちで、すべてをなかったことにするヴァレリー。周りを見ることなく、ブツブツ呟いていた。


「ん?……まだねむたいです。おやすみなさい……」


 ——そのまま、眠ってしまったエミリア。その仕草は幼いが、ある意味、大物かもしれない。


 三者三様、反応が別れた。そのような状況の中で、アリアはタイミングを見計らって、ベルナールに声を掛けた。


「叔父様……と呼べばいいのかしら?」


「おまえは……」


「こうしてお話をするのは初めてですね。アリア・ハルシオンです。ようこそ、北部同盟へ」


「北部同盟……?」


 それが、ハルシオンより海を隔てた遥か西の彼方にある国であることを知らず、「それはどこだ?」と、ベルナールは首を傾げるのだった。

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