第194話 女商人は、哀れなる罪人の子らに心を痛める

「……遅れてすみません」


 これから裁判が開かれる大広間の隣にある控室に入ったアリアは、開口一番、父フランツと義母マグナレーナに頭を下げて謝った。時計を見れば、予定の時刻よりも5分過ぎている。


 しかし、二人はそんなアリアを叱らずに、優しく笑顔で迎えた。


「大丈夫よ。上に立つ者は、多少待たすくらいが丁度いいのよ」


「そうだとも。それに、文句言うような奴がいたら、パパが退治してあげるから、アリアは何も気にすることはないぞ」


 マグナレーナとフランツは、口々にそう言ってはアリアを励ました。その心遣いにアリアは感謝しつつ、次は遅刻しないようにしようと決意する。


「……陛下。皆さまがお待ちですので、そろそろ……」


 内大臣のハラボー伯爵が現れて、広間への入場を促したのは丁度その時だった。フランツは頷き、マグナレーナとアリアに「さあ、行こう」と声を掛けた。


「フランツ2世国王陛下、マグナレーナ王妃陛下、並びにアリア王太子殿下、ご入来!」


 式部官の大きな声がファンファーレの後に鳴り響き、広間の王室専用の扉が開かれて、フランツ2世、マグナレーナ王妃、そして、アリアの順で居並ぶ廷臣たちの前に姿を見せた。中央に国王夫妻が座して、アリアはマグナレーナの斜め前に用意された椅子に座る。


 これで、準備は整ったのだろう。正面入り口に立つ宮内大臣のマイヤール伯爵が傍に居た儀仗兵に何やら話すと、その正面扉は開かれて、その向こうから3人の男女が手首に手錠をハメられた状態で連れてこられた。


(子供?)


 ベルナールの後ろを歩くまだ幼い男の子と女の子の姿を見て、アリアは驚いて父と義母を見る。しかし、二人は眉一つすら動かさなかった。


「……ベルナールよ。元気にしておったか?まあ、もうすぐ死ぬおまえに訊くのは可笑しいかもしれぬが……」


 フランツは、不敵な笑みを口元にたたえて、揶揄うように敗者となった弟に訊ねた。すると、ベルナールも最後の意地なのか、笑いながら答えた。


「元気なはずがないでしょう。あと一歩でその座を奪えたというのに、そこの小娘に嵌められてこのザマなんですよ。やはり、殺しておくべきときに殺しておかないと、こうなりますな」


 そして、ベルナールは、勇者にアリアを殺害するように頼んだことを自白した。


「今日のこの結末を迎えたのは、すべては、アイツがヘマしたせいですから。兄上、道連れにしたいので、よろしくお願いしますよ!」


 ベルナールは威勢よく玉座に座る兄に言い放った。その願いにフランツは頷き、そのベルナールの自白を証拠として、勇者アベルから勇者の称号を剥奪することを正教会に要請するとともに、国交のある全ての国に懸賞金付きで指名手配するように、内大臣ハラボー伯爵に命じた。


「これでいいか?」


「ああ、これで思い残すことはない」


 フランツの言葉にベルナールは憑き物が落ちたように穏やかな笑顔を浮かべた。フランツは頷き、裁きを言い渡すことにした。


「それでは、判決を言い渡す。ベルナール・リュバン、並びにその子、ヴァレリー・リュバン、エミリア・リュバンを大逆未遂罪により、斬首刑とする。刑は明後日、王宮前広場にて執り行うものとする。以上だ」


 国王フランツ2世は、玉座から淡々と宣告した。ちなみに、『リュバン』という姓は、初代国王がハルシオン王国を建国する前に名乗っていた姓らしい。通常、王族は国名である『ハルシオン』を姓とすることから、つまり、彼ら3名はすでに王族の身分を剥奪されたことを意味していた。


 もちろん、そのことはベルナールも理解している。しかし、何も言わずに頭を下げた。一方、ヴァレリーは青ざめて呆然としていた。どうして、何も知らない自分と妹が身分を剥奪されて殺されなければならないのかと……泣き出した。


(そうよね……。ベルナールはともかく、あの子たちは何も悪いことはしてないわ……)


 アリアは、その光景を見つめてそう思った。もちろん、あの子たちを生かしておいた場合、将来、王位を望んで自分や自分の家族、子孫に危害を加える可能性があることは認識している。


(でも……)


 本音を言えば、政情が落ち着いた10年先、20年先なら、別に王位なんてくれてやってもいいのだ。だったら、あの子たちを殺さなければならない理由はないように思えた。


(何とかならないかな……)


 ベルナール一家は、入ってきた正面入り口に向かって連れていかれていく。その後ろ姿に心を揺らして、アリアは独り考えるのだった。

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