第193話 女商人は、裏切り防止の魔法がないかと訊ねる

「……それで、オランジバークとしては、誰を送り出すつもり?」


 首脳会議が終了した後、町長室の応接用ソファーに腰を掛けて、アリアはイザベラに確認した。ちなみに、この部屋の主であるボンは、本当に牢屋に放り込まれており、執務机には『町長代理・イザベラ・アシュレー』と書かれた札が置かれていたりする。


「前回の会議では、マリアーノ将軍の名前が出ましたが……彼はオランジバーク軍にとって欠かせない人なので、代わりにマルスを選ぼうかと。ただ、あと一人となると……」


「そうねぇ。わたしもすぐには思い浮かばないわ」


 アリアは素直にそう答えた。何しろ、あのラウスのことだ。あれだけ念を押しても、自分たちの利になるような候補者を送り込んでくるだろう。但し、そのような者は有能だろうから、同盟の今後のことを思えば、排除するのが得策だとは思わない。


 要は、そういった者が加わることを前提に、抑止できる人物を用意できればいいのだ。


(いっそのこと、ディーノさんを呼び戻そうかしら?)


 彼ならば、ラウスの手先に対しても負けないだけの能力と度胸はある。だが……戻れば、命が危ういのも事実だ。騙されたラウスがこのまま許すとは思えない。レオナルドのように、刺客を返り討ちにできる能力があれば別だが、彼にはそのような特技は存在しないのだ。


「アリア、そろそろ……」


「ん?ああ、もうこんな時間か……。それじゃ、イザベラさん。取り合えず、まだ時間はあるから、お互い考えましょうか」


 レオナルドに呼びかけられて、アリアは話を打ち切って立ち上がった。


「どこか、行かれるのですか?」


「ええ、ハルシオンの王宮にね。このあと、裁判なのよ。反乱を起こした叔父の……」


 そう言いながら、アリアの動きが止まった。


「アリアさん?」


「ちょっと待って。今、何かが思いつきそうなの……」


 心配するイザベラを他所に、そう言って何か考え事をするアリア。ブツブツ呟きながら、いつもの癖で町長席に座ると、魔法カバンから資料を取り出した。


「それは……」


 レオナルドが覗き込んで訊ねるが、アリアは思考の世界に入っていて答えてくれない。しかし、その資料の最上部には『ベルナール王子に関する調査書』とはっきり書かれていた。


(ベルナール王子?それって、今日死刑判決を言い渡される……)


 一体、何でそんなものを読んでいるのかと、首を傾げるレオナルド。こうしている間にも時間が過ぎていて、早く行かないとと気が急いている。


「……ねえ、レオ」


「何だい?早く行かないと……」


「レオの魔法で、ベルナールを裏切らないようにすることはできない?例えば……もし、わたしの利益にならないことをしたら、心臓が爆発するような……」


 アリアは真剣な顔をして、レオナルドに訊ねた。なんと恐ろしい魔法を思いつくものだと、レオナルドは呆れたが、実際にはそのような魔法は存在しない。


「ない」


 だから、そう答えた。何となく、あの叔父を使えないかと言い出しかねない雰囲気を感じて、希望を持たさないためにもはっきりと。


「そう……それなら仕方ないわね。行きましょうか」


 アリアは、何の未練もなく席を立った。


「それじゃ、イザベラさん。そういうことなので、また明日……」


 そう告げた次の瞬間、アリアの姿はこの部屋から消えた。しかし、机の上には、先程までアリアが見ていたベルナール王子に関する資料が残されていた。


 そのことに気づいて、イザベラは次に来たときに渡そうと資料を片付けようとした。


「え……?」


 そこに書かれている内容に目が留まり、声を漏らした。


「これって……何気に凄くない……?」


 悪いとは思いながら、席に座ってその資料の中身に目を通すイザベラ。さすがは国王候補と呼ばれていただけの経歴と実績がそこには記されていた。


「もちろん、全部鵜呑みにするわけにはいかないかもしれないけど、これならラウスの用意した人材にきっと対抗できるわね……」


 イザベラは、アリアが何を考えていたのかを理解した。要は、ここに連れてきて、こき使えないかということだろうと。但し、ラウスに寝返られたら、それこそとんでもない事態となる。だから、寝返り防止の魔法はないかと。


「はあ。上手く行かないものね……」


 今頃、アリアがいるであろう東の方角を見て、イザベラは独り、ため息をつくのだった。

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